25 ノリコ、熱弁をふるう
対抗戦も終わり、夕食どきになってもノリコのしゃべる勢いは留まるところを知らなかった。
いや、むしろ時が経つにつれ饒舌になっているかもしれない。
現に今も、ノリコはヨウの隣に座って目の前のタケルとナツミに熱弁をふるっている。
「ですから! ヨウちゃんは本当に凄いんですよ!」
「いや、うん、それは俺たちもよーくわかってるって」
「そうだよ、私たちだって目の前で君たちの戦いを見てたんだしさ」
「いーえ、わかってません! あたし、本当ならヨウちゃんに負けてたはずなんです!」
またその話か……。ヨウはため息混じりにうなだれる。
戦いが終わった後、勝利を祝福するチームメイトたちに一通り礼を言うと、ノリコは本当はヨウが勝者であるのだと訴え始めたのだった。さすがに試合の結果に異を唱えるような事はなかったが、自分は試合に勝って勝負に負けたのだ、というような事を主張していたようだ。
そのせいだろうか、今この席には二、三年生の姿はない。というよりも、二、三年生にはすでに話し終えたので、次は一年生にヨウの素晴らしさを伝えようとこの席にやってきたのだろう。ヨウに先ほどの戦いについて聞きに来たOB・OGの二人はとんだとばっちりを受ける事になってしまった。
もちろん、ヨウがそこから逃れられようはずもない。
「そうだよね、ヨウちゃん! 本当はあたしの攻撃を防御しきった後で反撃するつもりだったんでしょ? そう言ってたよね!」
「え? ああ、うん……言った、かな?」
「かな? じゃない! そう言ってたでしょ! それともやっぱり手加減してたの!?」
「い、いや!? そんな事はないよ!? 本気本気、僕はいつでも本気! うん!」
必死に弁解するヨウ。そんな彼の様子に、タケルとナツミも同情の目を向ける。
そして、ノリコの猛威は他の一年生たちにも及んだ。
「ね? カナメ君もそう思うでしょ? ね?」
「い!? あ、は、はい、そ、そうだと思います」
「ほら! 親友もこう言ってるよ、ヨウちゃん!」
それは半ばむりやり言わせているような気が……。そうは思いながらも、ヨウは決してそれを口にはしない。
隣では、さっそくチアキのスイッチが入ってしまったようだ。
「ちょっとカナメ、そう思うってどういう事よ?」
「い!? いや、だってそう答えないわけにはいかないじゃない!」
「いかないじゃない、じゃないわよ! あの勝負は副会長の完勝だったでしょう! それをあなた、ヨウが最後に手を抜いたですって? それは副会長に対する侮辱というものよ!」
「だ、だって……」
チアキの剣幕に、カナメは気の毒なくらいに小さくなっていく。
だが、そんなチアキの勢いも、今日のノリコの前には霞んでしまうようであった。その矛先が、チアキにまで向けられる。
「チアキちゃん、それは一体どういう意味? あたしの言葉が信じられないっていうの?」
「え!? そ、そんな、滅相もありません! 副会長のお言葉に間違いなどあろうはずがありません!」
「ううん、あたしが信じられるかどうかなんて、そんな事はどうでもいいの。肝心なのは、ヨウちゃんが本当はあたしに勝っていたはずだって事! ヨウちゃんの力があんなものじゃないって事、チアキちゃんもわかってくれるよね?」
「は、はい、副会長がそうおっしゃるのですから……。でも、副会長は誰よりも強くて完璧なはずで……あれ? あれれ?」
気のせいだろうか、チアキの頭から煙のようなものが立ち上っているような気がする。目がぐるぐると回り、だんだん呂律も怪しくなってきた。
「副会長がヨウの勝ちって言って、でも副会長は一番強くて、でもヨウの勝ちで……あれれ? 何で? でも副会長は嘘をつかないから、ええと、ええと……」
「ちょ、ちょっと!? チアキ、大丈夫!?」
「チ、チアキちゃん!? ご、ごめんなさい! あたしが変な事言っちゃったから……」
チアキの異変に、ノリコも我に返ったらしい。おろおろしながらチアキに声をかける。
「チアキちゃん、もう気にしなくていいから! 少しゆっくり休んで、ね?」
「ほえ? ふぁい、副会長がそうおっしゃるなら……」
「よしよし、いい子いい子。それじゃゆっくりご飯食べててね?」
「ふぁい、わかりまひた……」
少し寝ぼけたような瞳と声で返事すると、チアキは素直に目の前の食事に手を付け始めた。
その様子に、タケルとナツミが笑い声を上げる。
「はははは! さすがのお嬢ちゃんも、これにはまいったようだな!」
「ダメだよ? ノリコちゃん。こういう真面目なタイプは、自分の中で矛盾が生じるとうまく解消できずに暴発しちゃうから」
「め、面目ありません……。気を付けます……」
先ほどまでの勢いはどこへやら、すっかり意気消沈してしまったノリコがしょんぼりとうなだれる。火が収まったのは幸いだが、これは少しノリコが気の毒かもしれない。
そう思ったヨウは、ノリコに声をかける。
「そんなにしょげないで? ね? 今日は僕、久しぶりにノリコと戦ってその成長ぶりにすっごく驚いたんだから」
「ホント? ヨウちゃん……」
肩を落としたノリコが、上目遣いにヨウの顔を見上げてくる。相変わらずまつ毛が長くて綺麗な瞳だ。そのまつ毛が、少しだけ湿り気を帯びているようにも見える。
「ホントホント。あんなにいろんな属性の攻撃を同時に、それもあんな威力で放ってくるなんて。昔はせいぜい三種類くらいまでしか出せなかったでしょ?」
「う、うん……。学院に入ってから、ヨウちゃんを驚かせようと思ってがんばって練習してたの……」
「それで本当にやってのけちゃうんだから、やっぱり凄いよノリコは。でも、年末に帰ってきた時にはそんな素振り全然見せなかったよね?」
「それは、ヨウちゃんが学院に来るまでとっておきたかったんだもん」
「僕が受かるか、まだ全然わからない頃だったのに?」
「ヨウちゃんが受からないはずないもん!」
自分が上げた声に驚いたのか、ノリコが赤面してうつむく。
「ご、ごめんね? 今日は、ちょっと興奮してるみたい……」
「ううん、ノリコの調子が戻ってよかったよ。やっぱり君はそのくらいがちょうどいい」
「ちょっとヨウちゃん、そのくらいってどういう意味?」
「さあ、どういう意味だろうね」
「ヨウちゃんってば、もー」
頬を膨らませてヨウを睨むと、表情を和らげてささやく。
「ありがと、ヨウちゃん」
そう言って微笑むノリコは、年相応の可愛らしい少女の顔をしていた。
そんな二人の様子に、目の前の先輩たちがやれやれと首を振る。
「はぁぁ、見せつけてくれちゃって……」
「さすがは幼なじみだな、というよりもはや夫婦の域か? 仲がいいのは結構だが、少しは場所も考えてくれよ?」
「そ、そんなんじゃありません!」
思わず叫んだヨウとノリコの声が綺麗にそろう。それがさらに火に油を注ぐ結果になってしまった。
「ほら、息もぴったり。幼なじみとはいえ、ここまでシンクロするものなのかな?」
「いやいや、これはあれだ、心から通じ合っている二人だからこそなせる技だろうよ。いいじゃないか、ノリコちゃんは秋には生徒会長になるんだろ? 心の支えはあった方がいいさ」
先輩二人の言葉に、ノリコは顔を真っ赤にして立ち上がると、
「あ、あたしこれで失礼します! とにかくヨウちゃんは凄いって事はちゃんとわかって下さいね! 先輩!」
トレイを手に、そのまま向こうのテーブルへと行ってしまった。
「あらら……ちょっとやり過ぎたかな?」
「いやいや、こいつら、というかヨウはとことん奥手っぽいからな。このくらい後押ししてやらないと」
先輩たち、絶対楽しんでますよね。ヨウはそう思ったが、口には出さなかった。
あちらの席を見れば、さっそくノリコがタイキたちをつかまえてヨウの凄さを力説している。やれやれとため息をついていると、今度は目の前のタケルとナツミが先ほどの戦いについてあれこれと聞いてくる。
どうやら今日は、ヨウに穏やかな夕食の時間は与えられていないようであった。




