42 腕輪
「ヨウ! チアキ! 大丈夫か!?」
机と椅子が散乱する一年C組の教室に、フィルが血相を変えて駆け込んでくる。続いて教室に飛び込んで来た三年生のカツヤ・マエジマが叫ぶ。
「お前ら! 無事か!?」
血相を変えてやってきたカツヤの目に、めちゃくちゃになった教室が映る。その惨状に、思わず絶句する。
「大丈夫です。ありがとうございます」
ヨウが一礼する。二人が無事なのを確認して、フィルとカツヤは安堵のため息をついた。
「ところで、ここにはお前たちだけなのか?」
「あ、そうだ。ハヤセの奴はどこに行ったんだ?」
部屋にヨウとチアキしかいない事に気づき、カツヤが二人に問う。
「すみません。暴れていた生徒は美化委員会のタチバナ副委員長が取り押さえて連れていきました」
「美化委員会……!?」
その名を聞いて、カツヤの目の色が変わる。チアキが慌ててヨウをかばおうとする。
「ヨ、ヨウは悪くないんです! 相手の力を封じて、これから取り押さえるって時に割り込まれて……」
「あ、ああ、別にお前らを責めてるわけじゃないんだ。それより、お前らが無事で良かったよ」
そう言って、カツヤが二人に笑いかける。それから教室をぐるりと見回して、軽くため息をついた。
「はあ、それにしてもお前らずい分暴れてくれたな……。報告しに行くのは俺だからな、ちと気が重いぜ」
ヨウとチアキの顔を見返すと、少し改まった顔で言う。
「何にせよ、この様子はただ事じゃない。生徒会室で詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「わかりました。僕もお伝えしたい事がいろいろありますので」
うなずくと、ヨウは教室の扉に立ち入り禁止の旨を伝える紙を貼り、カツヤたちと共に生徒会室へと戻った。
「『炎熱の騎士槍』の連撃に『炎熱の放射撃』だと!? そんな、まさか!」
信じられないと言った顔で、二年生のショウタ・ヨシダが立ち上がる。生徒会室でのヨウの報告に、集まったメンバーは騒然となった。
「皆さん! 静粛に!」
手をパンパンと叩きながら、タイキ・オオクマ生徒会長が場を静める。なおも納得しがたい表情のショウタに言い聞かせるように、三年生のマサト・ヤマガタが発言した。
「ヨウの言う事に嘘はないだろう。俺もにわかには信じられんが、こいつがそんなつまらん嘘をつくとも思えん」
「でも、そんな相手を一体どうやって!」
「俺もマサトに同感だな」
カツヤがマサトの後に続ける。
「ヨウが敵の力を見誤る可能性はないと言っていいだろう。それに、こいつの力ならそいつを押さえつける事くらいやってのけるだろうさ」
「そうだな、それは箱を壊されたお前が一番よくわかるよな」
「っておい! それは今の話と関係ねえだろ!」
強面の二人のやり取りに、つい周りのメンバーからも笑いが漏れる。それが場の雰囲気をなごませてくれたようだ。頃合いを見て、タイキが再びヨウに報告をうながす。
「つまり、その腕輪は今までに我々が押収した指輪と同系統のものと思っていいんだね?」
「はい」
「しかも、その性能は今までのものをはるかに凌駕する、と」
「その通りです」
その言葉に、再び重苦しい空気が立ち込める。と、会計のヒサシ・イトウが手を挙げる。タイキから発言の許可を得ると、ヨウに向かい聞く。
「マサムラ君はその腕輪が今までの指輪と同じタイプのものだと判断したようだが、その根拠は? 精霊石を組み込んでいるからと言うだけなら、別系統の技術を使った他の組織の物である可能性も否定できないが」
ヒサシの問いに、ヨウは臆する様子もなく答える。
「はい、戦闘中に魔法で腕輪の回路を解析しました。基本的な構造が指輪とほぼ一致していましたので、同系統の物と考えて間違いないと思います。後ほど回路や構造も……」
「ちょっと待て、じゃあお前は何か、腕輪の解析とやらをやりながら、片手間にその化物みたいな強さの敵と戦ってたって事か!?」
ヨウの発言に、マサトが驚きの声を上げる。答えようとするヨウをさえぎって、ノリコ・ミナヅキ副会長が胸を張りながら言う。
「それはそうですよ! そのくらいの事、ヨウちゃんにできないわけがありません! 先輩、もしかしてヨウちゃんの事疑ってるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、あまりにもとんでもない話だったんでな……」
まるで我が事のように得意げに言うノリコに、マサトがしまったという顔をしながら弁解する。自分の事を信頼してくれるのは嬉しいが、ノリコにも困ったものだ。
「結構。それではマサムラ君、後ほど回路や術式を書き起こして提出して下さい」
「はい、わかりました」
ヒサシに答えて、ヨウが着席する。
ヨウが一通り報告を終えると、タイキが口を開いた。
「諸君、聞いての通りだ。どうやらあの指輪は、相当危険なレベルまで開発が進んでいるらしい。ヨウ君の話どおりならば、我々三年生や副会長でなければ対応は難しい。見回りの方法も一から見直す必要があるだろう。一方で、美化委員会の動きも気になる。今回の事件も、ヨウ君を襲ったのは美化委員会のメンバーとの事だ。その身柄は美化委員会に拘束されているそうだが、我々としては美化委員会に情報開示と合同調査を申し入れるつもりだ。そのあたりはカツヤ、頼めるかな」
「ああ、了解だ」
「今後の対応については、我々の方で検討する。諸君には、通常通り職務をまっとうしてもらいたい」
タイキが話を締めくくり、生徒会の臨時会議は終了した。
臨時会議が終わり、生徒会も少し早めに仕事を切り上げる。ヨウはチアキ、フィル、スミレと共に、お茶を片手に一息ついているところであった。
「ヨウ君、今日は大変だったね」
やや細い声に、ヨウが振り返る。そこには一年生のカナメ・イワサキが笑顔で立っていた。
「カナメ君」
「チアキさんもおつかれさま。二人とも、凄い確率で事件に巻き込まれてるね」
「まったくよ。ひょっとして、誰かさんに面倒事を呼び込む体質でもあるんじゃないかしら」
「ええ、それってもしかして僕の事?」
それを言うならチアキだって同じなんじゃないの? と思うが、後が怖いのでそれは口には出さない。かわりに、ヨウは他の事を口にした。
「きっとたまたま偶然が重なったんだよ。最初の指輪は部活内のいざこざが原因だし、その次は二人のケンカでしょ? ハヤセのは僕への個人的な恨みだから、確かにとばっちりかもしれないけど……」
「あ……ごめんなさい、別に本気で言ってるわけじゃないのよ? そんなに真剣に考えなくてもいいから、ね?」
「そうそう、ヒス女の言う事なんて間に受けなくていいんだぜ。ヨウはマジメすぎるんだよ」
「何ですって!?」
フィルの横槍に、チアキが目を吊り上げる。相変わらず君たちは仲がいいね、と笑うカナメに、ヨウとスミレは苦笑いを返した。フィルとチアキをなだめながら、ヨウは先ほどの自分の言葉を思い返す。
ヨウには一つひっかかる事があった。確かにヨウが出くわした三つの事件、それは相互には直接の関連がないのかもしれない。だが、だからと言ってそれらの事件が全て偶発的にヨウに降りかかった災難だと判断するのは早計なようにも思えるのだった。
ヨウを、あるいはチアキを狙い打ちにしたような感覚――それは心のどこかでヨウに警鐘を鳴らしている。だが、確信に至るにはまだ材料に乏しかった。
「ヨウ、何をぼーっとしてるのよ。あなたもこの単細胞に何か言ってやりなさいよ」
「え? ああ、ごめんごめん、ちょっと聞いてなかった」
チアキの声に、ヨウの意識が思考の海から現実へと引き戻される。気になる事は山積しているが、今はこの仲間たちとの時間を有意義に過ごしたかった。
窓の外を見れば、夕日が赤く空を焼いている。窓からの光は部屋の中を赤く染め、一日の終わりが近い事を告げている。自身も夕日に照らされながら、ヨウは日光を浴びて赤く不吉に輝くグラスを見つめていた。
第一部完結。ここまでご覧いただきありがとうございました。




