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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
21/135

21 スミレ




 幸い、食堂にはまだ空席が目立っていた。生徒会選考試験の結果発表の影響もあるのかもしれない。入り口付近の窓際のあたりに席を取り、三人は食事を取りに行く。

「今日はA定食かな、オレは」

「僕もAだね」

「私はCにするわ」

 三人とも思い思いの食事を注文し、受け取り口で食事を受け取っていく。ヨウとフィルは豚肉と野菜の炒め物がメインのA定食、チアキは白身魚のソテーがメインのC定食を手に取り、窓際の席へと戻る。

「さーて、それじゃいただきますか」

「あ、ちょっと待って」

 待ちに待ったといった様子でフォークを手にするフィルを、チアキが静止する。

「ちょっ、何だよ」

「あれ、スミレじゃない?」

 口を尖らせて不平を漏らすフィルには取り合わず、チアキが通路側を指差す。その先には、盆を持ってあたりをキョロキョロと見回しているスミレの姿があった。

「おーい、スミレー。こっちこっち」

 普段クールな彼女らしからぬ浮ついた調子で、チアキがスミレに手を振る。チアキに気づき笑顔を見せるスミレであったが、直後チアキの向かいにヨウとフィルがいる事に気づき、表情を少し固くする。

「み、皆さん、こんにちは」

 三人の所へとやってきたスミレが、やや緊張気味に挨拶する。ヨウたちも笑顔で返す。

「そんな固くならなくていいのよ。今日は一人なの?」

「はい、友達は違う講義を取っているので……」

「じゃあ一緒に食べましょう? ほら、隣に座って」

「し、失礼します」

 遠慮気味に席に座ると、スミレは盆をテーブルに置いた。

「お? スミレちゃんもA定食なのか」

「僕たちとおそろいだね」

「え、あ……」

 スミレが顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむく。チアキが向かいに座る二人を睨みつける。

「あなたたち! 少しはデリカシーってものがないの?」

「え?」

「『え?』じゃないわよ! 私じゃなく男の子たちと食べ物がおそろいなんて、まるで食いしん坊みたいで恥ずかしいに決まってるじゃない!」

「ああ、そっか」

 それはごもっともと、フィルが頭をかく。

「でも、それならチアキも人の事は言えないかもね」

「はい? どうしてそうなるのよ?」

「どうしてって、そんな事大声で解説されたら、スミレさん恥ずかしいに決まってるじゃない」

「あ……」

 そう言われてチアキがスミレを見ると、その顔は湯気を上げんばかりに真っ赤に染まっていた。

「ご、ごめんなさいスミレ! 悪気があって言ったわけじゃないのよ?」

「悪気があったらたまったモンじゃないぜ」

「フィルは黙ってて!」

 怒鳴られて、フィルが首をすくめる。まったく、フィルも懲りないなあ。ヨウは半ば呆れながら、目の前の食事へと目を向けた。

「それより、早く食べようよ。せっかくの食事が冷めちゃうよ」

「そ、それもそうね。それじゃあいただきましょう」

 ヨウにうながされ、四人で食事の挨拶をすませる。さっそくフィルとヨウが炒め物を口に入れていると、スミレが遠慮がちに尋ねてきた。

「あの……、お二人とも、選考試験を受けていましたよね。その、結果は、いかがでしたか……?」

「ああ、スミレちゃんはまだ見てないのか」

「はい、人込みで、前の方はよく見えなかったので……」

 確かにスミレの身長では、あの人込みの前の方は見えないだろう。人だかりをかき分けて前に出て行けるような性格でもない。

「聞いて驚きなさい。私たち、二人とも見事合格よ!」

 チアキがスミレに向かい、Vサインを突き出して笑う。スミレの目が驚きに見開かれる。

「お二人とも合格ですか!? す、凄いです!」

「ふふっ、ありがと」

 少し照れくさそうに、チアキが微笑む。それから、スミレの顔をじっと覗き込んだ。

「それで、例の話なんだけど」

「は、はい」

「返事、もらえるかしら?」

「は、はい……」

 以前チアキがスミレにお願いしていた、生徒会役員補佐の話だろう。この前は急な話という事で返事を先延ばしにしていたが、返事は決まったのだろうか。

 しばらくの間もじもじしていたスミレであったが、意を決したかのように顔を上げると、強い意思のこもった瞳でチアキを見つめる。

「わ、私……そのお話、受けようと思います」

「ほ、本当!?」

 今にも立ち上がらんばかりの勢いで、チアキが喜びの声を上げる。その勢いに少しのけぞりながら、スミレがこくこくとうなずく。

「で、でも、私なんかで本当にいいんですか? 他にもっとふさわしい人がいるんじゃ……?」

「何言ってるのよ。補佐なんだから、信頼できる人間である事が一番大事なのよ」

「あ、ありがとうございます……」

 頬を朱に染めてスミレが目を伏せる。どうやら話はまとまったようだ。

「良かったな、チアキ。いい子が補佐になってくれて」

「まったくよ。我ながら運が良かったわ。万一ヨウが試験に落ちて、スミレにも補佐の話を断られたら、私ヨウに補佐になってもらうつもりだったんだけど」

「ははは、チアキの補佐になったら、ずい分とこき使われるんだろうね」

「ちょっと、ヨウ!? スミレが誤解するような事言わないでよ!」

 チアキが猛然と抗議する。

「ヨウも一人補佐を選べるんだよな。当てはあるのか?」

 何気ない様子で、フィルがヨウに聞く。ヨウは人差し指をあごに当てながら視線を上に向け、

「そうだなぁ……。そうだ、それじゃフィル、僕の補佐になってくれない?」

「ああ、別に……って、おい、オレかよぉ!?」

 驚いたフィルが、椅子からずり落ちそうになる。

「さっきチアキが言ってたでしょ? 補佐は信頼できる人間じゃなきゃって。チアキは役員になっちゃったし。いくら信頼できるからって、ノリコを補佐にするわけにもいかないでしょ?」

「あ、当たり前だろ!」

「あなた、何言ってるのよ!?」

 フィルとチアキが同時に突っ込む。何かおかしな事を言っただろうかと心の中で首をかしげながら、ヨウが続ける。

「そうなると、僕にはフィルしかいないよ。だからお願い」

「う、う~ん……。悪い、少し考えさせてくれ」

「うん、急な話だしね」

「もったいつけちゃって。あなたにしてみれば、別に断る理由なんてないでしょ。あなたが生徒会にふさわしいかはともかく」

「おい! 別にオレ、そんなに問題行動は起こしてないだろ!?」

「今の所は、ね」

 二人のやり取りに、スミレの口からつい笑みがこぼれる。それを見て、ヨウがスミレに微笑んだ。

「僕らいつもこんな調子だけど、気にしないでね。これからは一緒になる事が増えると思うけど、よろしくね」

 そんなヨウに、スミレも微笑を返す。

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 気づけば食堂はずい分と込み合い、席もほぼ満席になっている。周りも騒がしくなる中、四人はなごやかに食事を楽しんだ。




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