39 悪友たち
あたりもずいぶんと暗くなる中、ヨウはシズカと一緒に教室へと戻ろうとする。
彼女と並んで数歩進み……ヨウは奥の茂みに声をかけた。
「……二人とも、そこで何やってるの?」
「いっ!?」
茂みから聞こえてきた奇声に、シズカがびくりと身をすくませる。
そんなシズカをかばうようにヨウが前へ出ると、茂みからごそごそと人影が現れた。
「……もしかして、ずっとのぞいてたの?」
「へへへ、だってお前がシズカちゃんと逢引なんかするもんだからよ」
「そうですぞヨウ殿! 抜け駆けは許されませんぞ!」
照れ笑いを浮かべながら頭をかくフィルと、なぜかヨウを責めるような口調のマナブに、ヨウははあっ、とため息をついた。
「というか、どうしてマナブ君がここにいるの?」
「そりゃ、オレが連れてきたんだよ。こんなおもしろ……お前が心配になってな」
「今、絶対違うこと言いかけてたよね?」
ヨウの追及を、フィルがへらへらと笑いながらごまかす。
そんなやり取りをしていたヨウがふと振り返ると、シズカが顔を真っ赤にしてうつむいていた。
ヨウが少し声高く注意する。
「あのね、僕はともかく、ミナトさんは大事な話をしようと僕を呼んだんだから、そういうことはダメだよ? 二人とも、ちゃんとミナトさんに謝ってよ」
「そ、そうだよな……ごめん、シズカちゃん」
「それがしもいつもの調子ですっかり失念しておりました……シズカ殿、申し訳ありませぬ」
二人ともシズカの様子を見て悪いことをしたと感じたのだろう。素直に頭を下げて謝罪する。
シズカは慌てて頭を上げた。
「え!? いえ、ううん、別に全然気にしてないよ!? ただ、話を聞かれてちょっと恥ずかしかっただけ!」
「あ、それなら大丈夫だぜ! 話はほとんど聞こえてなかったから! な!」
「さよう! 最後にシズカ殿が大声を上げてたところくらいしか聞こえておりませぬ!」
「バカ、マナブ、それ一番恥ずかしいところじゃねーか!」
「はっ!? す、すみませぬ!」
慌てて頭を下げる二人に、シズカが思わず吹き出した。
「ぷっ! いいよいいよ、気にしてないから! それより私の方こそ、勝手にマサムラ君を連れ出してごめんなさい!」
「いや、それは全然構わねーよ。ヨウも嬉しそうだし、オレたちも話のタネが増えるしな!」
うんうんとマナブがうなずく。いったい何を考えているのか、この二人は。
「ま、そんじゃオレたちはお先に退散するぜ! お前らも早く戻ってこいよ!」
「それでは、ごめん!」
そう言い残して、二人は茂みの向こうへと去っていった。
取り残された二人が、顔を見合わせる。
「結局、何だったんだろうね、あの二人……」
「さ、さあ……」
苦笑しながら、二人は歩き始める。
そして……数歩進んで、ヨウは立ち止まった。
すぐ側の木陰に向かい、声をかける。
「あの……そこで何をやってるの?」
「キャー!」
ヨウの呼びかけに、木陰から黄色い悲鳴が返ってきた。
続いて、手を握りながら二人の女子生徒が姿を現す。
「あ、君たちは……」
「キャー、キャー、キャー!」
それは、いつもシズカと一緒にいる友達だった。二人は向かい合って両手を握りしめ、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ちょ、ちょっと! 二人とも、ずっと見てたの!?」
シズカが顔を真っ赤にしながら抗議する。その声も、ずいぶんと上ずっている。
「だって、シズカ一人じゃ何だか心配だったし……」
「だから私たち、こうやって陰で応援してたの」
「だ、だからって、こんなところからのぞかなくても……」
「大丈夫!」
何が大丈夫なのか、とヨウは首をかしげたが、きっと女の子には女の子の決まりのようなものがあるのだろう。
二人はヨウの方を見ると、口々に言った。
「マサムラ君、シズカはこんな子だけど、これからも仲よくしてあげてね?」
「ちょっと奥手なところはあるけれど、根はとっても真面目で素直な子だから!」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
二人の言葉に、シズカが慌てふためく。
そんな二人に、ヨウは笑顔で答えた。
「もちろんだよ。ミナトさんは大切な友達だし、これからもぜひ仲よくさせてもらえると嬉しいな」
「キャー! キャー!」
再び少女たちが悲鳴を上げる。
「うん、どうか仲よくしてあげて! シズカも喜ぶから!」
「ていうか、やっぱりマサムラ君カッコいい! シズカもそんな顔になるわけだ!」
「そ、そんな顔ってどんな顔!?」
とっさに顔を隠しながら、シズカがじろりと友達を睨む。
「そんな怒んないでよ! それじゃ、私たち先に行くね!」
「お二人はごゆっくり~!」
「こっ、こら! 変なこと言わないでよ! あっ、待って!」
シズカが呼び止めるが、二人は「じゃあね~」と言い残して去っていってしまった。まるで嵐のようだ。
「はあ……」
疲れ果てたのか、シズカが深くため息をつく。
そんなシズカに、ヨウはやわらかな笑みを見せた。
「いい友達だね」
「そんなことないよ、いっつもあんな風に私をからかって……うん、自慢の友達だよ」
ふてくされたような顔をしていたシズカだったが、少し考えこむと、胸を少しそらして誇らしげに言った。
それから、ヨウに向かって上目づかいにつぶやく。
「あのね、マサムラ君も……私が尊敬する、自慢の友達」
「ありがとう。僕も、ミナトさんは大切な自慢の友達だよ」
「そ、そんな……ありがとう」
日もすっかり落ち、シズカの表情もはっきりとはわからない。
わからないが、きっと照れて赤くなっているのだろう。そんな内気なところを、ヨウはどこか可愛らしく感じる。
「さあ、それじゃ戻ろうか。すっかり暗くなっちゃったし」
「そ、そうだね! みんなも待ってるよ、今日の主役はマサムラ君だし!」
「そんなことはないと思うけど……」
「いや、そうだよ! 絶対!」
シズカの強い口調に、ヨウはやや気圧される。シズカのこういうやや浮き沈みが激しいところも、これまで周りにはあまりいなかったタイプなだけに新鮮だ。
「じゃあ急がないとね。行こう!」
「うん!」
うなずき合うと、二人は今度こそ校舎へと向かって歩き出した。




