コックリさん
このお話は物語で創作で作り話です。
決して真似しないでください。
ひらがなと数字と、はい、いいえ、鳥居のマークが書かれた紙と、硬貨を1枚用意する。
財布の中から取り出した25セント硬貨を、……ドル紙幣と一緒にまとめて適当な容器に入れておいて、唯一残った500円玉を紙に置く。
今日もまた、危険だとすら言われている降霊術、《コックリさん》を実行する。
「コックリさん、コックリさん、おいでください」
硬貨の上に指を添えて、お決まりの言葉を言えば、硬貨は勝手に『はい』へと移動する。
もちろん、指に力なんか入れてない。
コックリさんとは、狐狗狸、つまりは、キツネやイヌやタヌキなどの、雑多な動物霊を指すのだという。
毎回同じ存在が来るとは限らず、それゆえ、凶暴な存在が来ることもあるのだとか。
呼べば、応える。
それがコックリさんであり、私が欲するものを教えてくれるかもしれない存在。
望みを叶えてくれるのであれば、なんだっていい。
さあ、私に応えて、コックリさん!
「コックリさん、干し肉を用意しました。まずはおあがりください」
片手の指は硬貨に乗せたまま、近くに用意した皿のラップをはぎ取り、コックリさんがいると思わしき方に皿を押しやる。
『はい』
しばし、獣のように行儀悪く肉を咀嚼する音が響く。
……もちろん、そちらに視線は向けない。
タヌキであれば、人に見られていると落ち着かずエサを食べないというし。
『ご ち そ う さ ま』
咀嚼音が途切れると、舌なめずりする音が鳴り、硬貨が勝手に移動する。
食べ終えたらしい。
「コックリさん、お礼を用意するので、私に未来を教えてください」
『はい』
はいの位置に硬貨が動くのを確認してから、知りたい未来を告げる。
「明日の競馬での万馬券を教えてください」
『む り』
即答かよ。
「はいって言ったじゃないですか」
『む り』
いくらコックリさんといえども、万馬券は無理かー。
「万馬券が無理なら、当たりの馬券を教えてください」
『3 8 5』
「えーっ、ハラグロメガネとマイニチゲリギミとジダンフセイリツって、不調続きで全然勝ててないじゃないですか。最近はむしろ最下位争いの馬ですよ? コンヤクフリコウとかオロロロロロロロとかじゃなくて? ねえ、コックリさん、まちがいないんですか?」
『はい』
不調が続く馬が勝つとかちょっと信じられないから、確認しておこうか。
「当たらなくてもお礼は用意しますけど、当たったら豪華なお礼を用意します。それをふまえて再度聞きます。明日の競馬、当たり馬券を教えてください」
『3 8 5』
「…………分かりました。信じます。では、今日のところのお礼を用意するので、一度指を離していいですか?」
『だ め』
「一度指を離さないと、今日のお礼が用意できませんけど?」
『 だ め』
だいぶ悩んだな。あと一押しかな。
「焼いたお肉って、美味しいですよ?」
ホットプレートのスイッチを入れ、油を敷く。
しばし待てば、食欲をそそる油の匂いが漂ってくる。
『た べ る』
視界の外から、舌なめずりする音が聞こえる。
まるで、今から私が食べられてしまいそうな、心がざわつく音だ。
「分かりました。じゃあ、失敗しないように指をはな」
『だ め』
どうしても、硬貨から指を離してはいけないらしい。
ここでごねてコックリさんを怒らせてもろくなことにはならないのは経験済みなのでやめておく。
しょうがないので、片手でお肉を焼いていくことに。
利き手とは逆の手で割りばしを使うのは難しかったので、トングを使い次々に肉を焼いていく。
鶏肉、豚肉、謎肉。
謎肉ってなんだよと思いながらも、ラベルに書かれてあるがまま、ラップを開けては焼き、焼いてはタレにつけて皿に乗せ、乗せればすぐに食べる音が聞こえてくる。
「コックリさん美味しいですかー?」
『はい』
「それはよかった。はい、これで全部焼きました。あとは、明日のお礼までおあずけです。がまんできますか?」
『ま っ て る』
「分かりました。じゃあ、明日また呼ぶんで、今日のところはお帰りください」
『ま っ て る』
……おっと、そうきたか。
「じゃあ、明日のために指を離して後片付けして私は寝ますね。おやすみなさい」
『だ め』
妙に粘るなー今回のコックリさんは。
「指離さないと、明日のお礼ができないんですけど?」
『 』
しばらくの間、硬貨が紙の上をウロウロする。だいぶ悩んでいるようだった。
『 はい』
もうしばし待ったあと、ようやくはいのところで止まったので、一言添える。
「明日また呼びますので、今日のところはお帰りください」
『はい』
「ではまた明日」
『ま っ て る』
また明日と言って硬貨から指を離すと、まってると硬貨だけが勝手に動いた。
……怖っ!
「おはようございます。コックリさんいますか?」
翌朝、そういえば、昨日は帰らないで待ってると言っていたコックリさんに声をかけてみれば、
『はい』
置きっぱなしにしていた紙の上を硬貨が勝手に動いて、はいのところで止まる。
……怖っ。朝から怖っ!
「あー、じゃあ、朝食用意しますね。なにか食べたいのありますか?」
『に く』
紙の上の硬貨に指添えてないんだけど、硬貨だけが勝手に動く。
それにしても、肉か。コックリさんは動物霊だというから、そういうものか。
「じゃあ、ベーコン焼きますねー。切れはしの安いやつですけど、美味しさは変わらないのでー」
『ま っ て る』
見てないけど、まってるって返事なんだろうな。
微妙にお行儀いいのは、イヌの霊だからだろうか?
「はーい、コックリさん焼けましたよー。朝はこれで終わりなので、味わって食べてくださいねー」
『い た だ き ま す』
テーブルの上の例の紙のそばに、フライパンで焼いたベーコンを置く。
すると、硬貨が動いていただきますしてからガツガツと行儀悪い食事音が鳴って、皿の上のベーコンがあっという間になくなった。
…………いただきますするコックリさん…………。
なんか、こう、やっぱ微妙にお行儀いいなあ。
『ご ち そ う さ ま』
未練がましく皿をなめる音が鳴った後、硬貨が動いてごちそうさまもした。
…………こういうお行儀のいいワンコなら、飼ってもいいかなあ…………。
そんなことを思いながら、家事や買いものやお礼の準備をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
そして、ついに、競馬の時間がやってきた。
馬券はネットで買った。
全財産ぶち込むとまではいかないものの、かなりの額をつぎ込んだ。
これで負けたなら、しばらくの間生活が苦しくなることが確定してしまう。
なので、もし悪い結果になったなら、仕事は有給とって休んで三日三晩呪いの儀式をやってやろう。
相手はもちろん、今回出てきたコックリさんだ。
テレビの向こうでは、騎手を乗せた馬がそれぞれ位置につき、レースが始まった。
「……3、8、5……3、8、5……」
大枚はたいたんだ、勝たなきゃ呪うぞまじで。
祈る……というよりは、呪うような気持ちでレースを見守る。
ハラグロメガネは先行逃げ切りが得意といいながら体力がなく後半抜かれることが多く、マイニチゲリギミはその名の通りレースの日は体調が微妙な時が多くて全力を出せず、ジダンフセイリツは後半が強いとかいわれるけど普通のレースでは中途半端な実力で。
調子の良い馬には負けてばかり。
今回も、3頭はレースが後半になっても、真ん中へんにいて前も横も後ろも他の馬がいて、抜け出せない。
こりゃ無理だ。さて、誰を呪ってやろうかと頭を巡らせば、
先頭の馬が、何かをよけようとした感じで大きくコースから外れて、その馬にぶつかりそうになった後続の馬たちは、大きく減速する。
3、8、5のゼッケンを着けた馬は、突如進路変更したり減速した馬たちをすり抜けるように、順番通りゴールした。
…………唖然とした。
…………テレビの向こうの実況なんかも、困惑していた。
表示される配当金も、ガッツリ賭けたこともあって、消費した額の桁が一つ多くなって戻って来る計算だ。
…………歓喜の雄叫び!
……と言いたいところだったものの、隣の部屋の壁は薄くて、叫んだら怒鳴られそうなので自制した。
……それは、ともかくとして。
「…………こ、コックリさん、なんか、やりました?」
『い い し ご と し た』
ふんすっ、と、得意げな鼻息が聞こえる。
やっぱりかーっ!
レース中に突如進路変更した馬たちは、いまだに落ち着きを取り戻すことなく、コース上でウロウロしたり走り出したり後脚だけで立ち上がったりしてる。
……いやこれ、まずくない?
『お れ い』
おれい? ああ、お礼か。
硬貨の動きを見て数秒頭をかしげるが、それは自分で言いだしたことだと思い至り、コンロの上で存在を主張している鍋をテーブルに持ってくる。
『は や く は や く』
いい仕事したと自画自賛するくらいなので、なにか特別な力とか使ったのかもしれない。
それで、お腹減ったのか待ちきれなさそう。
…………テレビの向こう側では、完全に制御を失った競走馬が跳ね馬して暴れ出し、騎手を振り落として走り出し画面から消えてしまっていたけれども、見なかったことにしてテレビを消した。
「じゃ、じゃあ、盛りつけますねー。本日のお礼は、モツ鍋です。良いところのモツと相性の良い野菜で作ってますんで、美味しいですよ。めしあがれー」
『い た だ き ま す』
カレーとかに使うような大きめの皿に盛り付けると、ちゃんといただきますしてから激しい食事音が。
大人でも一皿でお腹いっぱいになりそうな量のモツ鍋を、あっという間に完食するコックリさん。
『お か』
「はいはい、おかわりですねー。たくさん食べてください」
紙の上の硬貨が勝手に動いておかわりを要求し始めたので、かぶせ気味に皿に盛り付ける。
「コックリさん、美味しいですかー?」
『お い し い』
「それはよかった。作ったかいがありますよー」
『お か わ り』
「はいはーい」
『お か わ り』
「たんとおたべー」
『お か わ り』
「これで最後ですよー」
『お か わ り』
「たくさん食べましたねー。もうないですよー」
『 お か わ り』
「ごめんなさいねー。もうないですよー」
『 』
硬貨が紙の上をウロウロする。
それと、なんか、しょんぼりした雰囲気も伝わってくる。
「コックリさん、ありがとうございましたー。いずれまた呼びますんで、その時にはまたお願いしますねー」
『 』
また、硬貨がウロウロしてる。
なんか、ちょっと、まだ帰りたくない的な雰囲気も感じられる。
「それでは、コックリさん、お帰りくださいませー」
『いいえ』
……おっふ、マジか。大きな深皿で軽く10皿分はあったモツ鍋全部平らげて、まさかの帰宅拒否? お礼はまだ足りなかった?
「どうかしましたかー?」
『ご ち そ う さ ま』
「ちゃんとごちそうさまできるなんて、えらいですねー」
『え へ ん』
また、ふんすっと得意げな鼻息。
「それでは、コックリさん、お帰りくださいませませー」
『 』
コックリさん的に、まだなにか葛藤があったらしい。
硬貨が紙の上をウロウロしていて、どうしても『はい』のところにいかない。
「私の対応とか、お礼とか、なにか問題でもありましたかー?」
『いいえ』
ええー……。即答で問題ないと答えるのに、帰宅は拒否? やめてよー。せめてなんか理由とかないの?
「コックリさん、どうかしましたかー?」
『す む』
「…………はい?」
『こ こ に す む』
「……………………はいい?」
『の ぞ み か な え る お れ い よ う い す る』
…………おっふ、まさかの、永久就職希望っすかぁ?
「…………えーと、しばらくの間は、望みを伝えることとかはないと思いますけれども…………」
『こ こ に す む の ぞ み か な え る』
「…………あー…………」
なんか、ダメだこりゃ。気に入られたというか、取り憑かれたのかも。
やっちまったなあ。
「じゃあ、やりとりを簡単かつ明確にするために、『はい』は硬貨でテーブルをトントン、『いいえ』は硬貨でテーブルをツーとやって、音で知らせてください。用事があるときは、すばやくトントントントンと4回以上音を鳴らして、紙に注目させてください。私が寝てるときに急ぎの用事があれば、夢枕に立って夢の中で吠えてください。夢の中でうなったり、現実で吠えたりしたら私も嫌な気持ちになるのでやめてくださいね」
『はい』
まあ、祓おうとしたら、手酷い報復があるか二度と来てくれなくなるだろうから、そこら辺はお互い持ちつ持たれつでいけばいいか。
そんな風に軽く考えて、同居する際の要望を伝えれば、速攻で硬貨が『はい』に動いた後トントンと音でも知らせてくる。
…………こちらの想像以上に賢い。
まあ、帰らない以上は、変なことされるよりはこちらの要望に添って動いてくれたらそれでいいや。
毛布を折りたたんで、部屋の隅に置く。
「コックリさん、寝床を用意しましたんで、ここでくつろいでくださいねー」
『はい』トントン
ほんと、賢いわ。普通に会話できる。
だからこそ、怖いんだけれども。
ま、後でまたそれなりに稼がせてもらえば、それで良しということで。
いつまで続くかは分からないけれども、今しばらくの間は仲良くやっていきましょう。
それじゃあ、今後ともよろしくってことで。
『はい』トントン
…………怖っ!? よろしくは声に出してなかったんだけど!?
「コックリさん、好きな食べものはなんですかー?」
『に く』
「食べられないものはー?」
『な い』
「じゃあ、食べたくないものはー?」
『 』ツー
分かんないかな。食べてみないと判断できないものもあるかもね。
「じゃあ、犬用のカリカリとか食べますー?」
『 はい』トントン
「私がどうしても時間なくて食事を用意できないときのために置いとくやつなので、嫌だったら別のもの用意するから安心してくださいねー」
『はい』トントン
「じゃあ、いろいろ試してみましょうねー」
『はい』トントン
その後、生命力的なものを吸い取られていたのか、突然倒れた私は、隣に住む男性に救助された。
なんでも、コックリさんが隣の男性の夢枕に立って救助を訴えたそうな。
で、実際のところは仕事による睡眠不足や食事を抜くなどなんやかんや不規則な生活の影響で動けなくなっただけのようで、数日入院したら健康そのものになった。
医者からも隣の男性からも説教されて生活を見直せば、急な体調不良とか起きなくなった。
コックリさんと隣の部屋の男性には感謝しかない。
で、その男性との間にできた子どもを、コックリさんが面倒見ている日々。
隣の部屋の男性からいろいろ世話を焼いてもらっているうちに、なんだかそんな雰囲気になってこさえてしまった子どもは、コックリさんの姿が見えているらしく。
今も、コックリさんのお腹にでもひっついてる感じの不自然な姿勢でスヤァとおねむだ。
……いや、後悔はまったくないけどさ。
結ばれたことも、産んだことも。
ただ、ノリがいいだけの雑な妻で、変なの憑いてる母で、ごめんねって感じ。
その分、幸せになるし、幸せにするので、それで許してちょうだいな。
悪いやつとか邪魔するやつは私とコックリさんで排除するので。
たとえ、大きな代償を支払ってでもね。
『ま か せ ろ』
……って、コックリさん、心読まないでよ。
結構ハズい決意表明したんだからさ。
いざって時が来たらね。
頼りにさせてもらうよ。
『はい』トントン




