Episode.22
それから少しの間が空いたあとで、月が唇を震わせながらも声を発する。
「聞か……せて」
「月? 何を聞かせればいいんだ?」
「……ぜんぶ」
「…………あ、ああ。それは構わないけど。……でも今は休んだほうがいいんじゃないか?」
「……知り……たいの」
「…………」
瑠璃は少し悩んだ末、アイテムボックスから複数の衣服を取り出して月に掛けた。
そして口を開き、
「きっとびっくりするほど長くなるから、疲れたら途中で眠ってもいいからな」
「……」
わずかに頷く月。
「……まず俺たちの出会いは、故郷である地球の秋葉原にあるダンジョンのなかだった。罠に嵌まって異空間みたいなところに閉じ込められていた俺は、長い間一人きりで過ごしていた。そんなある日、ふいにお前がやってきたんだよ」
「……」
「最初はぶっちゃけ鬱陶しいと思っていた。うるさいし、気が合わないし、すぐに反論してくるし」
「……」
少しだけ眉を顰める月。
「でもやり取りを重ねていくうちに、だんだん仲良くなっていったんだ。今思えば、戦うことしか頭になかった俺が、唯一興味を持った異性だったんだよな。そしてそれは今でも変わっていない。俺のパートナーに相応しいのは、全宇宙でお前だけだ」
「……」
月は照れくさそうに微笑む。
「その後、俺は数年間ずっと特訓し続けて、ようやく異空間をぶち破ることに成功した。それから──」
瑠璃は今まで起こった出来事を、思いつく限り伝えていく。
獣人に捕らわれた月を助けるために、地下大国で大暴れしたこと。
湖で楽しく遊んだこと。
謎解きの部屋を一瞬で解いた結果、月が不機嫌になったこと。
雪景色のなかにあった洞窟内で初めて抱き合ったこと。
無人の学校でひたすら悪いと思われる行為を繰り返してみたこと。
魔女の森でびっくりするほどおいしい串焼きを食べたこと。
雲海で巨鳥を瞬殺したこと。
第90階層でのファーストキスは、今までの感情が爆発したかのように長期戦となったこと。
真っ白な空間で初めて絶対神と会話をし、『またこうやってお話したいから、今度は君から会いにきてよ』と言われたこと。
酒場で飲み比べをした際、月が生ビール一口でぶっ倒れたこと。
フォースステージは精神を抉ってくるような意地の悪い階層ばかりだったこと。
瑠璃の実家にて、ファイナルステージをクリアしたら結婚しようと約束したこと。
地球にダンジョンを創り出した魔神との最終決戦は、全てを超越しているかのような死闘だったこと。
魔神を倒したお礼に地球の神様が、一軒家や露天風呂がある専用の異空間をプレゼントしてくれたこと。
結婚して息子が生まれたこと。
ダンジョンのなくなった日常で、バイトをしながらも子育てをしてきたこと。
デスティニーランドへ家族旅行に行ったこと。
息子が自分の意志で親元を離れ、異世界転移したこと。
地球の神様にお願いして、神々が住む神界へ連れて行ってもらったこと。
そして絶対神に会うために、新たなダンジョンへ挑戦し始めたこと。
スタート地点にいた牛が怖すぎて、戦略的撤退をしたこと。
森の小屋を拠点にして、レベル上げをしたこと。
リレー小説をして遊んだこと。
崖を登る際に、瑠璃が下から月のお尻を触ったこと。
苦労してなんとかスタート地点の牛を倒したこと。
第二階層のパルスの街にて、言いがかりをつけてきた美人局を瑠璃が殺人鬼のような笑みを浮かべて撃退したこと。
井戸のなかで猫の【ちょこ】と出会ったこと。
海を航海している際に、月が殺される夢を見て瑠璃が号泣したこと。
無人島で料理対決をしたこと。
幽霊城にて、化け物に変貌したかわいそうな王様を倒し、成仏させてあげたこと。
ジャングルの集落で先住民たちと食事をしたこと。
神秘的な部屋で転職をしたこと。
全てがお菓子でできたお城で、プリンの門番と女王様の恋のキューピットになったこと。
ビスケットの大迷宮をクリアしたこと。
実は猫のちょこの正体が妖精だったこと。
妖精の国を救うために混沌軍と戦争をして、妖精王の命と引き換えに勝利を掴んだこと。
ちょこが次代の妖精王になったこと。
ものすごく寒い氷の世界で、別の星からやってきたという強者──ノヴァたちに出会ったこと。
マグマ地帯にある露天風呂に入ったこと。
濃い霧に覆われた駅にて、無人の電車に乗ったこと。
乾燥した終末世界で、未来の地球からきたという頭脳明晰な輪廻たちに出会ったこと。
下水道や近未来的な迷路を超えて、巨大な地下街へたどり着いたこと。
地下街を恐怖支配していた町長を退治したこと。
ダンジョンの終着点である全ての欲が満たし放題の楽園でいろいろと情報収集をし、先に進むための方法を見つけたこと。
第一階層に存在する巨大な塔を登り切って試練を受けた結果、瑠璃だけが合格したこと。
一人で先に進んだ瑠璃は、月の姿をした存在に出会い、数秒ほどで本人ではないことに気づいたが、特に手を出してくる気配がなかったため無視し、勘の良さを頼りに次のステージへと進んだこと。
この第二世界で息子の祈と出会ったが、先に進んでもらったこと。
「──そして、ここで月が追いついてくるのを待っていたというわけだ」
「…………」
全て聞き終えた月の目は涙で滲んでいた。
瑠璃の話を耳にするたびに不思議と当時の情景が浮かんできて、今ではすっかり記憶を取り戻している。
月は懐かしい感情に包まれたまま、ゆっくりと口を開き、
「……り、さん」
「月、どうした?」
「…………」
「…………」
「…………わた、し、よかった……です」
「…………」
「あなた、と……であ、えて」
「おい、何永遠の別れみたいなこと言ってんだよ」
「……」
「こんなところで死ぬなんて、そんなの俺は絶対に許さないぞ……。ある程度体力が回復したら、ゴールまで俺がおんぶして連れて行ってやるから……だから、生きることを諦めるんじゃねぇ!」
「…………」
「……頼むよ、月」
「…………」
「そうだ。絶対神に会ったあとは、祈と一緒に日本へ帰って親父たちに会おう」
「…………」
「そのあとは、絶対神の権威を借りて地球の神様にもう一度だけお願いを叶えてもらおうぜ」
「…………」
「お願いごとは何にする? 魔物と戦い放題の異世界に転移させてもらうか……料理が食べ放題の食堂をプレゼントしてもらうか……神界に家を建ててもらうか……それとも──」
「たのし……かった」
「っ」
「…………いままで……ありがとう。…………るり……さん」
彼女は幸せそうに微笑み、まぶたを下ろした。
「月っ!?」
「…………」
瑠璃は月の身体を揺すりながら、
「おい! め、目を閉じているだけだよな?」
「……」
「頼むからこんなところでくたばらないでくれよっ」
「……」
「わ、悪い冗談はよせって」
「……」
「月!」
「……」
「なあ、月!」
その後、何度呼びかけても、彼女が反応することはなかった。
瑠璃は両目を大きく開いたまま、月の寝顔を見つめ続ける。
理解が追いついていないのだろう。
そんな彼の脳みそに、追い打ちをかけるように過去の記憶が次々と蘇ってくる。
最愛のパートナーとの、一番大切な思い出。
『……えっと、あなたは?』
『──そのお前って言うのそろそろやめてもらえません? 私には鳳蝶月という名前があるので、鳳蝶とでも呼んでください』
『いえいえ、こちらこそ……て、違いますよ! 私は瑠璃さんと一緒に行くつもりです!』
『まあ総合的にいうと好きですが、嫌いな部分も多いです』
『三次元ですか……。なんか最近、別にそれでもいいと思うようになってきました。同じ四次元の考え方だと対立が生まれたりしてうまくいかないような気がするんです。違う場所にいるからこそ、こうして何年も一緒にいられるんじゃないかなって』
『そういう問題じゃなくて、無駄なダメージを負いたくないんですぅ。お嫁に行けなくなったら責任取ってくれるんですか?』
『瑠璃さぁ~ん。そろそろ先に進みませんか? 私もうこの階層飽きました』
『ねぇねぇ。……あまえてもいい?』
『あの、瑠璃さん。ここで腕枕してもらえませんか?』
『私と……キスしてみませんか?』
『瑠璃さん。大好きです』
『おーん!』
『こちらこそ、よろしくお願いします!』
『そろそろ夕食の支度を始めます。あの子も帰ってくると思うので』
『私、祈を……手放したくありません!』
『けど、それがあの子の願いだというなら、頑張って我慢します』
『私も地球の神様より瑠璃さんのほうがかっこよくて大好きです!』
『もう! 心配をかけさせないでください。本当に嫌です。心臓に悪いです』
『てめぇ瑠璃、何勝手に変なゲーム始めてんだこら! バイクの後ろにロープでくくり付けて時速180キロで引きずり回すぞこの野郎。私はもっと楽しい遊びがしたかったんだよ。なのに私の大きな特徴である敬語を禁止って、なめてんのかこら? やっぱりスケルトン以下の脳みそしか持ち合わせていない四次元くんは考えることが違うなぁ。あぁ~ん?』
『よしよし』
『愛してます』
『…………あの、瑠璃ふぁぁぁーん』
『私は今まで数えきれないほどのお菓子を食べてきましたが、一番甘かったのは大好きな瑠璃さんとのキスでした。これは間違いありません』
『うにゃ~ん!!』
『瑠璃さんの膝の上に座ってもいいですか?』
『なんですかぁぁぁ? るぅぅぅりぃぃぃさん』
『ふにゃ~、おいしいですぅ~』
『うるさいですよっ! 私は食いしん坊じゃありません!』
『うぅ~、ムカつきますぅぅぅ!』
『私はずっと瑠璃さんのそばにいたいんです。…………生きる時も……死ぬ時も』
『もぐっ!』
『あの、瑠璃さん』
『もし私が突破できなくても、瑠璃さんは進み続けてください』
『もちろん私も合格できるように頑張りますよ?』
『が、頑張ります!』
『わた、し、よかった……です』
『あなた、と……であ、えて』
『たのし……かった』
『いままで……ありがとう』
『るり……さん』
「は……ははっ」
意識が現在に追いついたタイミングで、瑠璃は笑った。
それから少し遅れて、涙が溢れてくる。
悲しみの雫は止まることなく顎を伝い、パートナーの顔へと落ちていく。
もちろん彼女がそれを気にしている様子はない。
もうここには、いないのだから。
その後瑠璃は、涙が枯れるまで泣き続けた。




