Episode.14
少しして。
うめき声が聞こえなくなったため目を開けてみると、彼が動きを止めていた。
白目を剥いて涙を流している。
それを見て、月の目にも涙が浮かんできた。
それでも決して力を緩めたりはしない。
メモ帳の情報によれば、この男の正体は悪魔なのだから。
もし今油断してしまうと、逆に殺されてしまうかもしれない。
「…………本当にごめんなさいっ!」
月は心を鬼にして、手のひらから魔法弾を発射する。
直後、──瑠璃の首元が爆ぜた。
大量の血が飛び散り、頭と胴体が真っ二つになる。
「……っ」
すっかり肉塊に変わってしまった瑠璃の死体を見て、月は嫌な想像をしてしまった。
もしメモ帳の情報が間違っていて、この人が悪魔じゃなかったとしたら。
自分はただ、夫を殺しただけになる。
実際、この男性が抵抗してくる様子はなかった。
つまり悪魔ではなく、自分の夫だったのでは?
そんなことを考えていた矢先。
瑠璃の死体が、一瞬にして真っ黒い悪魔に変わった。
「えっ!?」
月は反射的に立ち上がり、寝転がった状態の悪魔から距離を取る。
悪魔は重力を無視してふわっと立ち上がり、
「よくも殺してくれたな……」
「やっぱりメモ帳に書かれていた内容は、本当だったんですね」
「ということは、やはりメモ帳には俺に関する情報が書かれていたのか。……力尽くでも奪っておくべきだったか」
そう言いつつ接近してくる悪魔。
「な、何をするつもりですか!?」
「安心しろ、殺しはしない。ただメモ帳を頂くだけだ」
「嫌です! こないでください!」
月は下半身を強化して逃げ始める。
「おい、待て!」
「…………い、一体何が目的なんですか?」
「今言ったばかりだろう。お前のアイテムボックス内にあるメモ帳を回収することだ」
「それはもう聞きました」
「……寝たら忘れる体質みたいだし、特別に教えてもいいか」
「…………」
「俺の目的はひとつ。お前をこの空間に閉じ込め続けること」
「えっ?」
「来訪者を惑わせ、次のステージへ進ませるな。俺が絶対神様に命令されているのはそれだけだ」
「ということは、絶対神さんは実在するんですね」
「俺も直接見たことはないからわからないが、生まれた時から脳がそう理解していた」
「…………ちなみに、どうやったら次のステージへ進めるんですか?」
「言うと思うか?」
「…………」
「……そうだな。メモ帳を渡してくれたら、教えてやってもいいぞ!」
「きゃっ」
悪魔に腕を掴まれて、思わず悲鳴を上げる月。
「さぁ、早く出せ」
「い、嫌ですっ!」
「なら諦めるまで拷問するだけだ」
「むぅ……」
「メモ帳に書かれている内容を漏らしたのはミスだったな」
「……」
「俺はこれからもずっとそばにいる。今お前がメモ帳を取り出さなかったとしても、明日の記憶を失った状態のお前ならどうかな」
「っ」
「今出したほうが楽だと思うが」
月は眉を顰めつつ、手のひらから爆発を起こした。
しかし、腹部に直撃したにもかかわらず、悪魔が表情を変える様子はない。
「無意味だ。俺は概念であるがゆえに、ダメージを負ったり死んだりすることなどない」
「腕を離してくださいっ!」
「早くメモ帳を渡せ」
「…………」
「そうすれば解放するし、次のステージへ進むための方法も教えてやると言っているだろう」
「…………」
「ほら、どうした?」
「…………わかりました。渡します」
「おっ、ようやくその気になってくれたか」
「その代わり、ひとつ条件があります」
「なんだ?」
「先に私を解放して、次のステージへ進むための方法を教えてください」
「…………お前、メモ帳を渡さずに次のステージへ行く気だろう」
「そんなことしません。私からすればあなたのほうが信用できないので、メモ帳だけ取られるのが嫌なんですよ」
「…………まあ構わないけどな。教えたところで、お前には到底無理だろうし」
「えっ?」
悪魔は月の腕から手を離し、口を開く。
「次のステージへ進むためには、俺を倒すしかない」
「あなたを倒す…………それってつまり、概念を殺せということですか?」
「その通りだ」
「えっ……そんなの無理じゃないですか」
絶望の表情を浮かべる月。
「だろうな」
「……………………」
「さあ、教えたんだから出せ」
「…………」
月は無言でその場にうずくまった。
「おい、何をしている! 早くアイテムボックスから取り出しやがれ!」
「やっぱり渡すのはやめました」
「はぁ?」
「殺したければ殺してください!」
そう言いつつも、月は殺されないだろうと考えていた。
相手がそのつもりなら、自分はとっくに殺されているはずだ。
今までチャンスはいくらでもあったのだから。




