第二百六十八話【祈の決意】
◇
月が息子の祈と再開して、約半年が経った。
「……なぁ、ひとついいか」
レストランで夕食を食べていると、ふいにアステアが神妙な面持ちでつぶやいた。
彼女の視線の先には、前よりもやつれた状態の月と、よりたくましくなった祈の姿。
二人は同じタイミングで首を傾げる。
「はい?」
「どうしたの?」
「いや、大したことじゃないんだが、そろそろ試練とやらに挑んでみないか?」
「あ~、なるほど……って、めちゃくちゃ重要なことじゃないですか!」
「アステア……それ、本気で言ってるの?」
「なんというか、相手がどれほど強いやつなのか、気になって仕方がねぇんだよ。……あとは、この平穏な日常に飽きたっていうのと、早く祈の親父に会ってみたいってのが理由だ」
「瑠璃さんに会いたいのは私も同じですけど……やっぱり勝てるイメージが湧かないというか……」
「祈はどうだ?」
「…………正直言うと、僕も挑戦してみたいかも」
そんな祈の言葉を聞いた月は、不安そうにうつむく。
「…………」
「じゃあアタシらだけで行くか」
「う~ん……」
祈は困ったように、母親とアステアの顔を交互に見る。
「おい、どうしたんだ?」
「いや……行きたいのはやまやまなんだけど……試練をクリアするのはお母さんと一緒がいいな~って」
「相変わらずマザコン野郎だな~、お前は」
「うるさいよっ。……まあ、あながち間違いでもない気がするけど」
「……で、どうするんだ? アタシは一人でも行くつもりだぞ」
「う~ん……」
「……行きたいなら行ってきなさい、祈」
突然月が顔を上げて言った。
「お母さん!?」
「もうすでにあなたたち二人は、私よりもずっと強いじゃない」
「……」
「それに、私は一人でも大丈夫だから」
「……お母さん」
「ノヴァさんたちや、最近到達した輪廻さんたち。…………あとは、親衛隊? みたいな組織も存在するみたいだしね」
「それはそうだけど……やっぱり不安だよ」
「安心して。あとで必ず追いつくから」
「…………」
「あの人にもう一度出会えるまで、私は絶対に諦めな──ゲホッ」
片手で口を覆う月。
しかし全てを受け止めきれず、血が少しだけ垂れてきた。
「大丈夫!?」
祈はすぐさま母親の元へ移動し、背中をさする。
「……ゲホッ……ゲホッ……。うん、大丈夫」
「絶対大丈夫じゃないよね? やっぱりお医者さんを探してみようよ! この楽園にはすごい人たちがたくさんいるから、どこかに治せる人がいるかも──」
「いなかったわ」
「っ……」
月は少し前から病に侵されていた。
治癒魔法に詳しい者や病院など、いろんな人の元を訪れたが、治すことは不可能だった。
これはあくまで頭脳明晰な輪廻の推測だが、無理をしすぎて身体の至るところが壊れてしまっており、薬や魔法での治療は不可能だという。
日に日に顔色が悪くなり、吐血の量が増えてきているため、祈は心配で仕方がない様子だ。
「……やっぱり僕は残るよ」
「祈……」
「だってこんな状態のお母さんを置いてはいけないよ」
祈の言葉に、月は困ったような表情で、
「……気持ちは嬉しいけど、私としてはアステアさんのそばにいてあげてほしいな……。それがパートナーというものだから」
「「…………」」
「それに、本気で試練を突破する気だから、子どもを作っていないんでしょう?」
「は、はぁ!?」
「ちょっ……お母さん!」
「ふふっ、冗談よ」
それからかなりの間が空いたあとで、祈が決意したように口を開く。
「ねぇ、お母さん」
「何?」
「僕たち……明日、挑んでみるよ!」
「……そう」
「死んだりしないから、安心して」
「アタシと祈なら絶対に大丈夫だから心配すんな……義母さん」
「二人とも、頑張って……ね」
月は泣きそうになりながらも微笑み続ける。
「っ……」
そんな母親の姿を見て、祈の目にも涙が浮かんだ。
「……」
アステアはそのことに気づくも、特に茶化したりはしない。
ただ優しく彼の背中に触れた。




