第七十二話【魚人の血】
時刻は昼間。
「うえぇ……」
甲板にて、突然月が変な声を上げた。
不愉快そうに眉を顰めており、口元が血まみれになっている。
そんな彼女の目の前には魚人の死体。
「おい、まだそいつの血を飲むのに慣れないのか?」と瑠璃。
「だって他の魔物と比べて明らかに不味いんですもん! 錆びた鉄みたいな風味がめちゃくちゃきついです」
「確かにおいしくないけど、俺は全然平気だぞ。……ちょこも飲めるよな?」
「にゃ~ん」と月の横で少しずつ血を飲み進めていくちょこ。
「正直もう飲みたくないです」
「だが、他に飲み水がないのも事実だ」
「そうなんですよねぇ……。なんとかなりません?」
魔物の血には美容にとてもいい効果が含まれているため、メリットのほうが多いのだが、魚人の血は月には耐えがたいようだ。
「う~ん。海水を飲み水にするのは難しそうだし、雨も全く降らないからなぁ……。自分の尿を飲んでみるのはどうだ?」
「あっ、却下で。普通に血のほうがマシです」
「うん、俺もおしっこを飲もうとは思えない。というか多分無理」
「瑠璃さんのアイテムボックスに果実とか、植物とか残ってないんですか?」
「もう全部食べ切った。町で買い溜めをしておいたパンと魚は大量に残ってるけど」
「やっぱりそうですか……。私のボックスにも水分補給ができそうな物はありません」
「というわけで魚人の血で我慢するんだ」
「えぇー……。もう嫌ですぅぅぅぅぅぅ!」
ちなみに昨日からずっと魚人以外の魔物が出現していないため、現状で他の魔物の血を飲むことは不可能だ。
「まあ、人間は思い込みでなんとかなる生き物だし、試しにトマトジュースだと思って飲んでみろ」
「……わかりました、とりあえずやってみます。……これはトマトジュース! トマトジュース! トマトジュ~ス! 旨味成分がたっぷりのトマトから作られているんですよぉ~」
そう言って死体の傷に口を当て、ゆっくりと飲み始めた。
数秒後、
「うえぇぇぇ! 全然トマトの味がしないじゃないですかっ! 純度100パーセントの錆びです!」
「それはそうと、全然島に到着しないな……。さすがに不安になってきたぞ」
「えっ? あ、はい。最初の島を出発してもう一週間が経ちますよね」
「うん」
「かと言って今更戻る方向もわからないですし、完全に迷子ですよ……。あっ、得意の四次元の思考回路で方角を教えてもらえませんか?」
「了解。よし、正解がわかった」
「じゃあ今すぐ言ってください。瑠璃さんが喋り次第、方向転換するので」
「…………」
「早くしてもらえます?」
「…………あ……れ。は、や……く……喋れ……ない」
「くだらない演技はいいので」
「う~ん。えっと、だからー……」
「考えている最中なら、最初からわかったとか言わないでくださいよ!」
「うるさい、俺はもうわかっている!」
「……」
無言でジト目を向ける月。
「方角を示すもの……星とか?」
「……」
「けど、どの星を目印にすればいいのかわからないし、そもそも今は昼間だから星が見えない」
「……」
「地図さえあれば夜になるまでに計画を立てたりできるんだけど」
「……」
「地図、地図、ちず……」
「もういいので、答えがわからないことを認めてくださ──」
「──わかった!!」
「えっ?」
「あ、いや、言い間違えた。わかっていた!!」
「絶対ついさっきわかりましたよね? まあ、そのことについてはもういいです。で、何がわかったんですか?」
「月……出港した初日に、キャビンの宝箱からチーズを手に入れていたよな?」
「あっ、はい。そういえばありましたね」
「ちょっと見せてくれ」
「いいですけど……私が見た感じ、ただのチーズでしたよ?」
そう言いつつ月はアイテムボックスからチーズを取り出した。




