③リリアンヌの誤算
「いつまで、メソメソしているんだ。お前だって、薄々気づいていたんだろう」
「そりゃあさ、様子がおかしいと思ってたけどよー。でも、惚れた弱みっていうか、信じたくなかったんだよなぁ、はぁー」
アルフレッドはずっと、ため息ばかりついていた。
騎士団の塔の最上階、レンガ造りの薄暗くて狭い部屋に、フェルナンドはアルフレッドと共に、閉じ込められていた。
部屋の中には小さなベッドが二つだけ。男二人でとても快適とは言い難い。
そもそもこんな事になったのは、アルフレッドのせいでもある。
今回のジェイドの反乱で、生徒会は大混乱になった。
アレックスが失踪した事で、ますます事態は悪化し、ここのところ、ひたすら、偽の証拠や証言を潰すために、正しい証拠集めに追われ、各方面に引っ張り出され、山のような書類をチェックし、山のような書類を書き…、まぁそんな事はどうでもいい。
最愛の人に早く会うために、ひたすら激務をこなしてきた。
いや、本当は何度か様子を見に行ってしまったが、窓に張りついて眺めるだけで、生徒会のやつらに引っ張られて、連れ戻された。
そんな時、アルフレッドから、アレックスに会うから来てくれという連絡がきた。
経緯を聞くと、明らかなワナに見える誘いだったが、敵がどうでるか乗ってみようという、提案だった。
道具室に入ってすぐ、血だらけで倒れているアレックスを発見した。すぐに止血をして、状態を確認しているところに、エリーナが出て来て、あの大絶叫だ。
ちなみに、アルフレッドは、落ちていた剣をしっかり掴んでいて、その現場を教員達にしっかり見られてしまった。
「騎士団の連中は、俺の遊び相手だったからな、無理を言えば出してもらえるだろうけど」
「いや、ここは、やつらにもう少し夢を見させてやろう。生徒会の方は私がいなくても、動けるようにはしてある。ルカリオは大丈夫だろうな」
「あー、問題ないと思う。あいつ、チャラいけど優秀だから」
「ローリエも捕らえられてしまったのだろう。フレイムはあれだから、今はリリアンヌとユージーンだけか…」
二人だけで大人しくしているだろうか。一抹の不安を感じる。
「ああ!そうだ!言っていなかった」
「なんだ、大きい声を出して」
「ほら!あの時、リリアンヌに伝言を頼んだだろ」
あの時というのは、騒動が起こってしばらくして、アルフレッドが一度全員を集めて話し合うと言い出した時だ。
リリアンヌに直接話せていなかったので、伝言を頼んだのだ。
「あぁ、ちゃんと伝えてくれたのか。彼女はなんて言っていたんだ」
ここのところ、少しずつ心を開いてくれてきたが、二人の関係はまだまだフェルナンドが思いをぶつけるばかり。
リリアンヌ自身の気持ちで、好意と思えるような手応えは少ない。
きっと、突然会えなくなったからと言って、少しは心配してくれているかもしれないが、彼女は変わらずいつも通り過ごしているのだろう。
「リリアンヌは………」
私の小言のような伝言だ。分かりましたとか、頑張ってくださいとか、その程度のもので…
「私は、寂しいです」
「え?」
「だから、私は寂しいですと伝えてくれって。涙を流してたよ。すげー綺麗だったな。愛されてんなー。フェル兄の顔がよぎらなければ、思わず抱き締めてやりたくなっちまったよ。はははははっ」
「はぁーーーーーーーーー」
「どうしたんだよ、フェル兄、そんなデカイため息ついて」
「どうしてだ、最悪だ、なんて事だ、なぜこいつの口から、その言葉を聞かなくてはいけないんだ、あー最悪だ!しかも!リリアンヌの泣き顔を!私はまだ見たことがないのに!!あーーーーー気が狂いそうだ!!」
「おおおお落ち着いてフェル兄!目がすわってる!俺は伝言を頼まれただけで!何も悪いことはしていないから…」
「お前ー!なぜ早く伝言を言わなかった!!!」
「ひぃぃ!ちょっと!まっ…やめて、こんなところでそれやめてー」
「…出るぞ」
「え?なにから?」
「ここから、出るぞ!直ぐに!」
「いや、ちょっと、さすがに、上のやつ呼んだりして、それなりの手続きが…」
「さっさとしろーーー!一時間以内にやらないと、この部屋をぶち壊すぞ!!!」
「ちょっとー!きゃー!助けてー!誰か来て!早くー!」
アルフレッドが悲痛な声で助けを求めていたその頃、リリアンヌとユージーンは、二年校舎の職員通用口近くの茂みに潜んでいた。
「さっきの見張りのやつの話を盗み聞いた限りでは、三階の遊戯室に何人か集められているみたいね」
「姉様…本当に行くの?殿下達が出てこれるまで待った方がいいんじゃない?」
「いつまで大人しく待てば良いの?チャンスはやつらが宴を楽しんでいる今しかないじゃない!」
ユージーンがまだごちゃごちゃ言っていたが、リリアンヌは無視して飛び出した。
正面は厳重だ。剣を持った者が何人もいて守りを固めている、通用口の見張りは一人。隙をついて、横から跳び蹴りをくらわせた。
見張りの男は、ドダンと地面に突っ伏した。
「よし!この調子!」
「しーーー!姉様!静かに!早くこっちへ」
周囲を警戒しながら、中へ入った。とりあえず侵入は成功。
何人かすれ違ったが、皆、目も合わさず、下を向いていた。
寄せ集めの組織だから、中にいるものには、注意をはらわない。難なく、三階へ上ることに成功した。
遊戯室の前には三人、暇そうにカードゲームに興じていた。
ここの見張りは剣も持っていない。これはラッキーだ。
「あのぉ、外に誰か怪しいやつが出たみたいで、応援を呼んでくるように頼まれたのですが…私来たばかりで、どこかよく分からなくて…」
「あん?あぁ、そうか宴に行っているから、ザクザ達がいないんだよ。ちっ!めんどくせーな」
「おい!女!ちょっとここを見張っていろ!扉には近づくなよ!」
「はーい」
三人の見張りは、バタバタと下に降りていった。
隠れていたユージーンが出て来て急いで扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていた。ガチャガチャやっていたら、中から声がした。
「…誰ですか?どなたかいらっしゃるの?」
聞き覚えのある声、間違いなかった。
「ローリエ!助けに来たわよ!ユージーンも来てる!」
「リッ…リリアンヌ!ちょっと待って今こちらから開けるわ」
カチャカチャと音がして、しばらくして扉が開いた。
「ローリエ!良かった、無事ね!」
ローリエに飛び付いて抱き締めた。
「リリアンヌも元気そうね。こんな所まで来て…私の事など…」
「なに言っているの!ローリエは大事な親友よ。ここが火の中でも水の中でも飛び込んでくるわよ」
「…リリアンヌ」
「お二人さんー、感動の再会は良いけど、あいつらが戻ってくるとヤバい!そろそろ行こう!」
ユージーンに急かされ、遊戯室から離れることにした。遊戯室には他にも何人か閉じ込められていて、全員引き連れて、外に出る事になった。
「もともと、やつらが寝静まったら、脱出する計画だったのよ。器用な方がいて、あるもので簡単な道具を作って、中側から開けれるところまで来ていたの、でもリリアンヌが来てくれて嬉しかったわ」
校舎の物陰に隠れながら、少しずつ階下へ移動した。
幸い、宴に大勢参加しているらしく、校舎内は、人気がほとんどない。
「エリーナを追ってここまで来たのよ。言動がどうしても怪しくて、探っていたの。でも、失敗したわ、後ろから殴られて、気がついたら閉じ込められていたの」
侵入した通用口は、見張りが倒されていたので人が集まっていた。
外に出れそうな窓には板でバリケードが作られていて、剥がして出るのは難しい。
ローリエの機転で、食堂の食材配達用の小窓から脱出することになった。
食堂は人気がなく、閑散としていた。
厨房横に小窓を発見したユージーンが、みんなを誘導した。
「ここから出たら、直ぐに近くの森に入って!そのまま森のなかを抜けて、騎士団の詰所まで行くんだ。暗いから誰がどこにいるか、付いてきているか分からない、とにかく走ってそこまで辿り着くしかない!」
小窓は人が一人分、やっと通れるくらいの大きさだ。
みんな必死だった。閉じ込められていた人を先に逃がして、ローリエ、ユージーンと続く、最後にリリアンヌが抜けようとして、そこでやっと気がついた。
(やば…これ胸が…入らない…オワッタ)
「姉様!早く!誰か来そうなんだ!」
外からユージーンの手がのびてきたので、リリアンヌはその手を握った。
「よく、聞いてユージーン!この大きさだと、胸がつかえて通らないのよ。無理やり入っても、途中で止まって、あなたに引っ張ってもらっている間に誰かに見つかるわ、別の出口を探すから」
「嘘でしょ…姉様!じゃあ僕も一緒に中へ」
「ダメよ!あなたは早く行きなさい!途中で見つかればここに戻されるのよ。一人でもたどり着ける確率が高い方が良いのよ」
案の定、外では森に脱走者がいるぞー!と声が上がっていた。
遊戯室から逃げ出したことがバレたのだろう。
「姉様、僕は絶対に行かない!」
ユージーンの気持ちに、胸に込み上げてくるものがあったが、リリアンヌは、もう一度、早く行くように言って小窓の扉を閉めた。
しばらくユージーンの声が聞こえたが、やがて静かになった。
(くそー!なんだよ!この胸、全然役に立たないし、一人だけ通れないし!全然良いことないじゃん、もうやだーーー!!)
嘆いてばかりもいられない、他にどこか出口を探すか、隠れないといけないのだ。
一階には、残っていた見張りの生徒達が集まっていた。
森で何人か捕まえたという声が聞こえてきた。
(お願い!誰かたどり着いて、ここで閉じ込められていた事を騎士団に訴えて欲しい)
一階でうろうろするのは危険なので、見つからないように、上の階へ移動した。
二年の教室に隠れようとしたが、全て鍵が掛かっていて入れなかった。
教室のある練を抜け、宿舎の方まで来てしまった。
(どうしよう、どこか部屋に隠れられないかな?)
月明かりをたよりにして、手当たり次第にドアを開けようとするが、どの部屋も鍵がかかっていた。
(ちょっとー!なんなのこのセキュリティばっちり!誰かしら忘れてるやついるでしょ!!)
「誰かをお探しかな、リリアンヌ」
背中にかけられた声に、身体中が痺れたようにピリついた。
「招待状は受け取ってくれたみたいだね。探しているのが、僕であれば嬉しいのだけど」
金縛りにあっているように、体が動かない。
なぜ、宴はまだ続いている時間なのに…。
「ねぇ、リリアンヌ、僕と遊ぼうよ」
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トランプとウノどっちがいい?
なんて事にはならないです。




