奇妙な噂
ゆっくりと意識が浮上する。まどろみながら開いた視界に映ったのは、いつものアパートの古臭い木目の天井ではなく、高い天井と高級感のある美しい木目が光る、全く見覚えのない天井だった
「……あ、え?」
妙に固まって動かない口元のせいで、上手く言葉が紡げないまま、首を動かして今いる部屋の様子を確認する
広い、そして嫌でも置いてある家具が高級だと分かる。あぁ、あのタンスは見た事あるぞ。あれは実家にあったのととても良く似ている
窓から窺えるバルコニーも広い。明らかに高級住宅のそれだ
「チチチッ」
「……あら?目を覚まされたんですね。身体は痛くありませんか?」
一体何が起きたのか、ここは何処なのか、起きたばかりで上手く働かない頭で考えていると、動物の鳴き声と、軽い重さを胸元に感じ、少し離れたところから柔和さを感じる女性の声が聞こえて来た
「チチッ」
「パッシオ君、でしたか?とても頭の良い子ですね。起きてからずっと、貴女の側で、貴女が起きるのを待っていたんですよ?」
胸元に登って来たのはパッシオだった。人前なため、動物めいた言動をしているようだが、目を見る限りとても心配をかけたようだ
お礼を込めて撫でてやると、すりすりと身体を擦り付けて来た。可愛い奴め
「ふふっ、体調は問題無さそうですけど、念には念を入れて、お医者様をお呼びします。少々お待ちください」
改めて、こちらに声を掛けてくれている女性の方を見ると、クラシカルなデザインのメイド服に身を包んだ、所謂本物の職業がメイドの方だった
かなり若い。恐らく20代と思われる人だが、声をかけるより先に部屋からスルリと、音も無く出て行ってしまった
所作も美しく自然だった、あれが本物のメイドさん。初めて見た
「おはよう真白。調子はどうだい?」
「おはよう。少し怠いけど、大丈夫。それよりここは?俺はどのくらい寝てたんだ?」
彼女が部屋から出て、遠ざかった気配を察知したところで、パッシオがようやく口を開けた
人前では喋れないから仕方ない
「丸一日ってところかな。場所はフェイツェイとノワールエトワールが住んでいるお家だよ。家と呼ぶには、少々不釣り合いな規模だけどね」
「そっか……。身バレはしてそう?」
「君がいつも通り、財布に身分証になる物を入れてなかったのが幸いしたね。スマホは、変身デヴァイスになった影響で、科学技術ではロックが解除出来なくなってるみたいだし。今のところ、僕らは幸運に恵まれているよ」
それを聞いて、俺はホッと息を吐く
今のところ。俺たちの身分がバレる様な状況にはなっていなさそうだ
色々な幸運が重なったラッキーだが、身元がバレてしまっては不味い。最悪の状況にはならなかったのが、何よりの救い
それに、身体も男に戻っていない。魔力解放をしたまま、気絶した結果だろうけど、こっちももし魔力を閉じて、男の姿に戻ってたら、色々と問題があっただろう
何せ服装は女装したままだ。上はパッドを詰めるためにキャミソール型だったし、下はスパッツに近い物を履いている
もし、気絶中に身体を見られていても、これならギリギリセーフだと思う
「フェイツェイの対応もラッキーだったよ。あくまで彼女は僕達を身元不明ではあるけれど、暴漢に襲われていたただの一般人として保護したんだ」
「成る程ね……」
「ただし、あまり良い状況では無いことは確かだ。出来れば君の体力と魔力が戻り次第、ここからの脱出を僕は提案する」
「そうだな。何処からボロが出るか分からないし。回復次第、お暇するとしよう」
とは言うもののラッキーはあくまでラッキー。この幸運が何処まで続くかは分からない
思わぬところでボロが出た暁には、俺たちは仲良く魔法庁お抱えの研究機関行きだろう。そうなったら、人道的配慮はあるだろうけど、自由は無いと思った方が良い
さてはて、ここからどう事態が転がるものかと、不安を胸いっぱいに溜め込みながら、俺たちは呼ばれてくると言う医者と、先程のメイドさんを待つ事にしたのだった
今、なんで逃げないのかは、足腰に力が入らないのに逃げるもクソも無いから。魔力だって、回復が芳しく無いしな
ともかく、少しの間はここで療養せざるを得ないだろうな
以前書いた、『俺が魔法少女になるんだよ!』とのエイプリルフールコラボを、改めて短編小説として投稿しておきました
ブルームスターちゃんが登場している特別なコラボ短編ですので、もしお読みでない方はどうぞ




