獣
『獣の王』、『災厄の魔女』ショルシエの分身体である4本尾のカトルは栃木県の北部にある那須高原の山の斜面を滑るように、駆け抜けていた。
「くそっ!! くそっ!! どいつもこいつも化け物揃いめ!!」
人間界初の男性魔法使いである『竜撃のシャドウ』に手も足も出ずにいたカトルは斬り落とされた自らの尾を抱えながら敗走の怨嗟を口にしていた。
彼の予想では簡単な仕事だった。そのはずだった。何せ、彼が主たるショルシエから受けた指令は人間界に忍び込み、封印された『獣の王』の力を解放することだったからだ。
「何が計画通りだ!! 全部読まれているじゃないか!!」
最初、その話をされた時はカトルはほくそ笑んでいた。なんて自分にとって都合の良い仕事を割り振られたと自分の運の良さに内心高笑いしていたほどに。
しかし実際はどうか。ただ経年劣化で弱り始めていた封印をショルシエから受け取った封印を壊す魔法で壊したところで情けない敗走という結果だ。
目的は果たしているので良いのではないか、とも思えるがカトルにはカトルの思惑があった上に、どうにもカトルを打ち負かした『竜撃のシャドウ』側には封印を解除した上でそれごと『獣の王』を討伐する、というショルシエ側の作戦を利用する動きまで見せていた始末。
つまるところ、カトルを含めた『獣の王』サイドは完全に作戦負けしている状況であり、カトルの敗走はもはや予定調和と言っても差支えの無いものだった。
「偉そうなことを言ってるくせに、所詮は一度も使命を果たせていない無能なんだよ!! クソたれっ!!」
八つ当たりに目の前にあった木をへし折って、ぜぇぜぇと肩で息をする。
彼にとって、『獣の王』の命令は背くことの出来ないものだ。自らを造った創造主である以上、好き勝手なことをすれば作り直されるだけ。
所詮は被造物であり、生命を真似た紛い物でしかない。創造主の命に背くことはイコールで自らの死だ。
だからこそ、分身体はショルシエの指示に従う。それこそが彼らにとって存在理由であり、唯一の生きる手段だからだ。
それがただの一度も『勝利したことのない』、無能の主であってもだ。
「どうして頭を使って戦えないんだ!!策略なんてものがまるで出来ていない!! やることと言えば猿真似ばかりで最後は結局ゴリ押しだ!!」
へし折った木の幹をダンダンっと足の形が付くほどの力で何度も踏みつけて、溜まっている鬱憤を晴らす。
彼の言う通り、『獣の王』たるショルシエの策略は穴だらけと言えた。詰めの甘い作戦に、読まれやすい行動。策略を張り巡らせているようで、その実はただただその場のノリで愉快そうな方向に話が進みそうなことをしているだけであって、何か明確な意味合いを持って行動していることはほぼ皆無と言って良かった。
ふらふらと主体性の無い行動が、敵の魔法少女から見たら掴みどころのない、隠された意味のあるような言動に見えるだけであって、行き当たりばったりの策とも言えないハリボテが幾つも並んでいるだけ。
最後はいつだって無尽蔵と言える魔力を振りかざす。それだけで、大抵のことは解決して来たからだ。
そうやって『獣の王』は最後には負け、身を隠し、力を蓄えることを繰り返して来たのだ。
「賢いフリをして!! 人から頭脳を盗んだつもりになって!! このザマだ!! こんな泥船に乗っていられるか!!」
一度は人と神に負けた。これは仕方ないことだ。世界を壊すべく、外からやって来た『獣の王』はそれを駆除する専門の神を世界が呼んだことで世界を破壊する前に神とその信奉者達によって力の大半を削ぎ落され、命からがら逃げ伸びた。
力を取り戻すのには千年かかった。これは元々一つだった世界が魔法の世界である妖精界と科学の世界である人間界に分かれるくらいの膨大な時間だった。
世界が変容するほどの膨大な時間をかけて復活した『獣の王』は千年前に負けた理由を自らを殺すために特化した特殊能力と『神器』。そして人々の知恵だと判断した。
だから旧ミルディース王国の研究所に近づき、その知識を貪った後に内部から旧王国を破壊したのだ。
それによって『繋がりの力』と『神器』をそれぞれ一つずつ無力化した。
そうして勢いづいたショルシエはズワルト帝国の王家にも迫り、事実上の乗っ取りに成功する。
だが、これも力のゴリ押しだった。逆らえない暴力を見せ付け、無理矢理従えさせたに過ぎない。
王族を直接叩けば良いという安直な学びから来た行動がたまたま上手くいっただけだったのだ。
そして、この後にショルシエは再び敗北することになる。




