3尾の獣
「アズール・ウンディーネ!!」
下半身が尾びれになった人魚の姿はさっきまでとあんまり変わらない。今までの強化変身に比べて、大きな変化があるわけじゃないが明らかに魔力量が肥大化したことは感じる。
敢えて変化があるのなら、尾びれがだけじゃなくて他にも小さなひれが幾つか増えて、服装が鎧とか戦闘向きだったのが、煌びやかなドレス風になった事か。
『五百重波の海斧』のゴツさがおかげで更に異色さを増している。
これも大きな変化は無いがその重さは更に増しているような気がする。
「また訳の分からんことを……」
「へっ、お前の嫌いな理解不能な現象ってヤツだ。思う存分味わえよ」
新たなウチらの変化にショルシエは顔を歪めて睨みつけて来ている。Slot Absorberを作った当の本人でもあるショルシエ自身が想定していない挙動をしている上に、それを当たり前のようにウチらが使いこなしているのも面白くないだろう。
それじゃあ、さっさとケリを付けるぜ。ちっと時間を掛け過ぎちまってるからな。
尾びれをひと打ちして空中を波立たせる。生まれた波紋は素早く周囲へと広がって行き。
「『固有魔法』。――『海神眠る紺碧の水底』」
ウチらは水底に沈んだ。
「……っ?!?!」
「わりぃな。こっからは一方的に行かせてもらう」
『獣の王』とは言っても、どこまでいっても陸の上での話だ。水の中、海の中での王はまた別の話。
海には海の王がいる。陸の上で暮らす生き物が水面に堕ちれば、成す術なんてねぇだろ?
尾びれで水を叩いて一気に加速する。今のウチらは陸の上とか空中を移動するより、水中を移動した方が速い。
一気にトップスピードに乗ると『五百重波の海斧』をまだ距離が開いているうちに振り上げる。
その刃にまとわりつく水量はさっきまでの比じゃない。水の中にいるって言うのに、ボコボコと音を立てながらとんでもない勢いで渦を巻いているのが分かる。
「喰らいやがれ!!」
それを思い切りよく、ショルシエへと叩きつけた。
「がアアアァッ?!?!」
「こんなもんで終わりじゃねぇぞ!!」
水の中で動きが鈍って緩慢な動作で防御のために腕を上げたショルシエの左腕を吹き飛ばし、攻撃の乱打をぶち込んでいく。
何度か身体を吹き飛ばした辺りでボコボコと攻撃が通らない感触に変わった。ルビーが言ってたやたらと硬い障壁のような何か、だな。
ただそれも、ルビーが一回ぶち抜いてるのを聞いてるんだぜ、ショルシエ!!
ショルシエが使う謎の防御壁をぶち抜くために、『五百重波の海斧』を二振りとも思いっきり振り上げたところで、ショルシエが必死の形相で逃げに入った。
「ちっ」
大技の構えに入ったせいで咄嗟に追えなかったのは油断だな。一瞬でも確実にヤれると思っちまった。戦いで絶対はねぇって言うのによ。ちっと調子に乗り過ぎた。
「有り得ん……、貴様、自分が何をしているのか分かっているのか?!」
「あぁん? そんなビビり散らかすなよ。自分が負けそうだからってよ」
「そんなレベルの低い話ではない!! 『固有魔法』だと?! これが魔法!? 馬鹿を言え、貴様のやったことは空間そのものの書き換えだ!! 魔法の領分など飛び越えている!!」
震える声で叫ぶショルシエを訝しんでいると、唾を吐き散らしながら今のウチの魔法について後生丁寧に解説してくれた。
どうにもショルシエからしてもあり得ない現象、らしい。
「それは、神の領域だ!! 私達が至るべき領域だ!!」
「知るかよ、そんなこと」
神だか何だか知らねぇけど、出来てるんだから出来るんだよ。お前の主張なんざ知ったこっちゃねぇ。
お前が今までそうして来たように、ウチらはテメェの主張に聞く耳なんて持ってやるかよ。
「『三重・固有魔法』」
「貴様ら如きが、我らより先にそこに至るなど――」
「『深き紺碧の大海』ッ!!」
周囲にある水の全部をまとめ上げて、ぶち込んだ『固有魔法』はショルシエの身体を跡形も無く消し飛ばした。




