3尾の獣
「知らない!! そんなの知らない!! 何なんだお前!!?」
目の前で理解出来ないものを処理しきれなくなって暴れ始めたシャロシーユを白けた目で見つめる。
コイツは知らないことを認められない、というよりは知らないことを知ったり受け入れたりすることが出来ないんだろうな。
プライドが高過ぎるんだよ。自分が知らないことを下等な他な生き物が知ってるわけが無い。そういう感情が常に根底にある。
だから、理解不能なことがあるとすぐにこうなる。ショルシエも似たような側面があったから分身体も共通ってのはいつも通り。
もはや説明する気も失せてくるな。こいつらのプライドの高さも器の小ささもいい加減見飽きた。
「分かるかサフィー。こんなことで狼狽えるようなヤツに負けてる自分が情けないと思わねぇのか?」
「こんなことでだと!! この程度だと!! ふざけるなよ!!」
「ちょっとやそっとで狼狽えてるだろうが。お前は魔法があるこの世の中で、この程度のことに驚いてどうすんだよお前」
魔法なんて驚きの連続みたいなもんだろ。何が起こるかなんて大抵わかんねぇしな。アニメや漫画でよくありがちな魔導書みたいな便利なもんはねぇしな。
基礎的な魔法は共通だが、中級者くらいから当たり前に個々人でオリジナルの魔法を使うんだ。『固有魔法』なんて魔法少女同士ですら中身を教え合わない傾向すらあるってのに、敵のお前らがそれでどうすんだよ。
「ホント、知れば知るほどお前らって小物だよな。そんな奴らが脅威だなんて情けない話だぜ」
小物、って言葉に反応したんだろ。シャロシーユが無言でこっちに海流を伴って殴りかかって来るが、だからそういうところがたかが知れてんだって言ってんだろ。
「……っ!!」
「なんで今まで通りに行くと思ってんだ?」
殴りかかって来たシャロシーユを片手一本で受け止める。こっちは更に強化してるんだぜ? それでなんで今まで通りになると思ってんだよ。
ただでさえさっきまで結構互角の勝負だったんだぜ? それでこっちが強化したらこうなるのも当たり前だろ。
受け止めた手とは逆の手は『ヴォルティチェ』を握っている訳だが、それを地面に突き刺して思いっきり握り込む。
「わからず屋には拳骨だサフィー。いい加減、目ぇ覚ましやがれ!!」
「――ガっ?!」
シャロシーユを守っている泥の魔力層なんて関係ない。思いっきり振り下ろした拳が脳天を捉えると、シャロシーユは地面にめり込んだ。
妖精にゃ頭蓋骨なんてないだろうし、内臓があるわけでもねぇ。多少魔力の防御層で威力も落ちてるだろうし死ぬことはねぇだろ。
脳天に拳骨を振り下ろされて地面にめり込んだシャロシーユは気を失ったのか、ピクリとも動かない。
それを少しの間見守っているとピクリと指先が動いたのが視界に入る。
「お、姉さま……」
「サフィー!!」
意識が戻ったのがシャロシーユなのか、サフィーなのかを判断する必要があったが、一言目に出て来た言葉で意識がサフィーに戻ったことが分かったウチはすぐに駆け寄ろうとするが、それをサフィーは手をかざして制した。
「だめ、です。私は、獣に堕ちた愚か者……。お姉さま達に助けてもらうなんて、都合の良いことなんて許されません……!!」
「んなバカなこと言ってる場合か!! アイツが意識を失っている間にシャロシーユを追い出せ!!」
この期に及んで自分を下げた発言をするサフィーを怒鳴りつける。ウチはお前を連れ戻しに来たんだ。
罪の意識だの、贖罪だのは関係ない。そんなものは後回しだ。むしろそれをさせるために連れ戻すとも言える。
ここに来て我がまま言ってんじゃねぇぞ。それこそ手足ふん縛ってでも連れ帰るぞ。
「追い出せないんです……。もう、シャロシーユも『人魚』のビーストメモリーも私の魂に深く根付いてしまっています。切っても切り離せない。私がどれだけ戻りたいと願っても、もう無理なんです」
それにサフィーはぼろぼろと泣きながら答えた。もう、切り離したくても切り離せない。追い出す追い出さないとかいう段階はもう通り過ぎてしまっている。
サフィーの魂はシャロシーユと『人魚』のメモリーによって『獣の力』に汚染されてしまっている。
一度汚れた水は簡単には綺麗にはならない。たった一滴の黒いインクですら、飲用水を汚すには十分だ。
そんな表現では済まない程度に、サフィーの魂は汚染されてしまっているのだろう。サフィーとシャロシーユの境界すらあやふやになりつつあるのかも知れない。
そうだとしたら、確かにもうどうにもならない状況だろう。諦めるしかない状況だ。
「お姉さま、お願いです。私が私でいられている間に。せめて、お姉さまの手で終わらせてはいただけませんか……?」
シャロシーユがした下手くそな厚化粧が涙で落ちて、ぐちゃぐちゃの泣き笑いでサフィーはウチにそう言った。




