3尾の獣
紺碧の深い青がウチの周りに渦巻く。その中に溶けるように消えたウチはすぐにその渦を切り裂いて、姿を現す。
「なんだ、お前……!!」
そのウチの姿を見て、シャロシーユは絶句していた。そんなに驚くことか? いやまぁ驚くか。少なくとも、普通じゃねぇのは認める。
「なんで、妖精の姿になってるのよ!!」
今のウチの姿は人間のソレじゃない。両足が一本の尾びれになって、サフィーやテレネッツァと同じようなタイプの妖精の姿になっているからな。
変な感じだぜ。地に足付いて無いのは分かるんだが、別に浮遊感がある訳でもない。でも立ってはいない。でもバランスを崩すことも無い。宙を漂っているってのはこんな感じなんだな。
『ヴォルティチェ』を担ぎ直しながら、そんなことを考えていると目の前の状況を処理できないのかガシガシと髪の毛を掻きむしって、状況をなんとか理解しようとしてるみたいだが無理だろ。
この状態になっている本人がよく分かってないのが正直なところだし。
「細かいことは気にすんなよ」
「細かいわけが無いだろ!! 人間が、妖精のっ、『獣の力』を何故扱える!!!?」
なんでだろうなぁ。別になんか特別なことをした覚えは全く無い。出来ると思ったからやっただけ、ってのが本音で事実だ。
自分の魔力にテレネッツァの魔力をポン乗せするんじゃなくて、混ぜる。深く水底まで混ざり合う渦潮のように。
お互いの魔力をぶつけて飛び散らせるんじゃなくて、まとめてウチの中に収め込む。
言葉で言うのは簡単だが、難しいのはそれはそう。というか、普通はそんなことをしないどころか出来ないんだろうよ。
異物を受け入れて、自分の中に取り込むのなんて恐ろしくて出来るもんじゃねぇ。食事や呼吸とは違うからな。
例えるならガソリンを飲んでしっかり消化してエネルギーにするようなもんだろ。普通なら出来っこない。
ただ、ウチらの中にはもう似たようなことやってる奴いるからなぁ。S級魔獣を丸っと取り込んで自分も竜になっちまったバカと、幽体離脱した幼馴染と合体しちまうヤツがさ。
前例がいる以上、出来るもんは出来る。ようは覚悟の話になって来る。出来ることを疑わないと出来るようになるもんさ。
昴なんかはいい例だな。アイツは出来る自分を疑わないからな。
「なんでだろうな。でもまぁ分かってることと言えば、『獣の力』なんて大それた言い方してるけど案外大したことねぇってことだな。結局、どんだけ言い換えても闘争本能を増幅する以外のことは出来ねぇんだろ?」
『獣の力』。ウチらを苦しめて来た謎の力ってのは今でも変わらない。変わらないが、ウチはこれに一つの結論って言うか解釈をすることにした。
『獣の力』は闘争本能を過剰に刺激して、人の理性を消し飛ばす力。だったら、それをどうにかする方法はたった一つしかねぇだろ。
「だったら、心が強けりゃなんの問題もねぇよな。『獣の力』を使われようが何しようが、本能よりも強い心がありゃ良い」
「んな……っ!!」
暴論、だろうな。理屈なんて有ったもんじゃねぇ。『WILD BLUE』の制御は逆らわないこと、受け入れること。戦いたい気持ちを抑え付けるんじゃなくて、それに従って軌道から外れすぎないようにだけ気を付ける。
それが出来るようになったら、自然とだったらもっと強い本能はどうすりゃいいのかが分かった。
結局、ビビっているのが良くなかった。暴走しちまうって恐怖が、弱い心が闘争本能を上回ってんのが悪かったんだと分かった。
一回受け入れたら、どんどん視野が広がったよ。これも灯台下暗しってやつなのかな。こんなシンプルな答えを出すのに3年以上かかってるんだぜ? バカらしいったらねぇだろ。
「見てるかサフィー? 『獣の力』がなんだってんだ。こんなもん、カラクリが分かっちまえばちっとも怖くねぇ」
散々ミスった。ちっとも上手くいかなかった。でも、今最高に上手く言ってんならそれで良いだろ。十分だぜ。これに文句を言ってる奴なんて大したことねえから気にする必要も無し。
下を向いてる奴に、出来ることなんて無い。ツラ上げて、よく見とけ。
「不出来な姉のウチが出来んだ。よく出来たお前に出来ないわけが無い。根性見せろ!! サフィーリア・アグアマリナ!!」
姉貴が手本を見せてやる。お前もついて来い。




