レッドゾーン
今までとはスピード感がまるで違うのを感じます。今までは体感の話ですけど、0スタートからトップスピードに上がるまでに一瞬だけのタイムラグがありました。
イメージの中ではトンっと踏み出したあとにはスムーズにトップスピードに乗せたいんですけど、やっぱり身体が追い付かなくてほんの少しだけ加速が遅れるんすよね。
時間にすればコンマ数秒とかそういう単位なんでしょうけど、そのコンマ数秒の積み重ねはデカいんすよ。
何度もコンマ数秒の遅れが積み重なれば数秒単位の遅れになっていくものです。そしてその数秒の遅れは致命的な遅れにつながる可能性が0ではないですよね。
もちろん、たらればの話なのは分かっています。でも魔法少女はそのたらればを出来るだけ0にする仕事だと考えています。
常に最善最良の結果を求められる。魔法少女っていうのは人の命がかかっていますからね。
だからそのコンマ数秒の感覚のズレは出来るだけ減らしたかった。でも解決方法が僕では見つけられなかった。
その答えが今、見つかった。
「戦いながら笑ってんの、気持ち悪いわよ」
「いや、ここまでとは思って無くてですね」
チェッドを思う存分ぶん殴り続けたあと、滑りながらニーチェの隣に戻ると気持ち悪いと笑われてしまいます。
でも今まで手に入らないと思っていた理想が手に入ったと分かれば、笑っちゃいたくなるのもわかって欲しいもんですね。ニーチェだって、新技上手く行った時は大体笑ってるじゃないですか。
「で? あんだけ殴ってどうなの?」
「てんで感触がありませんね。まるでスライムでも殴ってるみたいです」
たった数秒で50発は殴った蹴ったを雷属性の魔力込みで叩きこんだと思うんっすけど、それが有効打になっている感触は全くありませんでした。
スライムとか水とか、とにかく殴ってる感触がありません。あぁも身体の形をぐちゃぐちゃにかえられるだけあって、身体の構造は普通の生き物とは全く違うみたいっすね。
「イてぇなぁ。びっくりしちまったよ、こんな酷いことをされるなんてな」
「嘘つきなさいよ。ダメージらしいダメージなんて無いんでしょう?」
「ケケケ、冗談だよ。びっくらこいたのは本当だがな。とんでもねぇスピードだ。まるで見えやしねぇ」
「敵から褒めて貰えるなんて驚きですね」
素直に称賛しているチェッドに僕たちが驚きですよ。他の分身体だったら僕のスピードに対応出来ないことを喚き散らしながらブチギレていたと思います。
自分達が優れていると信じて止みませんからね。特にスペック的なものは相当に自信があるのがショルシエとその分身体の共通の性格です。
冷笑と一緒に人間にしては凄いじゃないか、的な上から目線は山ほどされてきましたけど、敗北宣言にも聞こえる言い方をされるとは思っても無かったですね。
「ツえぇ奴は偉いんだよ。テメェらは強い。だから偉い。俺も強い、だから偉い。偉いと偉いだから俺とテメェらは対等だ」
「へえ、分身体にしては殊勝な考え方ね」
「これくらいの方がシンプルで良いだろ。強い奴が勝つ。勝った奴は偉い。偉い奴がモノを決める。それだけだ」
真理っすね。世の中、どれだけ進歩してもその部分は絶対に変わらない部分だと思っていいでしょう。
世界に求められる強さの質が時代によって違うだけです。政治的に強い力を持つのか、金銭的に強い力を持っているのか。暴力や軍事力的な強さを持っているのか。
シンプルだからこそ、絶対に変わらない社会の仕組みの根幹みたいなものですよね。まさかショルシエの分身体からそんな哲学的な発言が出て来るなんて、びっくりですよ。
「コの戦いもそうだろ? 俺らが強いか、お前らが強いかで世界が変わる。世の中、縄張り争い以外のモンは存在しやしねぇ!!」
それとも、純粋な獣の本能なのかも知れませんね。獣は生きるために縄張りをつくり、争い、広げます。
真白さんも言ってたっけな。人間は最も縄張り意識の高い動物だって。だから戦争や人種差別とかが無くならないんだって。
僕もそれを否定しませんよ。僕も競争が大好きですからね。速さを求めるこの性分の根っこは自分の強さの証明で、自分と同じ土俵で戦う魔法少女や魔獣なんかを振り落とすためだっても言えますから。
「サぁ!! もっと殺し合おうぜ魔法少女!! 俺らとお前ら、どっちが偉いか決めようや!!」
飛び散ったチェッドの身体が集まり、ながら更にその身体を膨れ上がらせていくのを目の前にして僕たちは戦いが更に上の次元へと昇って行くのを肌で感じていました。
「良いわね。私もその考え方でいこうかしら」
「人間ならせめてもうちょっと取り繕ったほうがいいと思いますけどね」
ニーチェと軽口を叩きながら、構えます。ニーチェも本気モードっすね。両手に持つ剣がバチバチと強烈な雷属性の魔力を放っているのを視界の端に見ながら、第二ラウンドが幕を開けました。




