決意と覚悟
訝しむ俺達に男はあぁごめんごめんと軽い調子で手をひらひらとさせながら無害を主張している。その片手間に『人滅獣忌』の攻撃をいなしているんだからもはや異常と言えるだろう。
「俺はてっきり顔なじみのつもりだったんだけど、そう言えば初めましてだったね。俺は高嶺 悠。千草と要に3年前に修行を付けたことがあるんだ」
高嶺と聞いてピンと来た。確か千草と美弥子さん、十三さんも含めた諸星家の従者が使う戦闘術がそんな名前の流派だったハズだ。
確か十三さんの地元、宮城の笠山という地域にあった流派で、短い詠唱と特定の体裁きで少ない魔力量で超効率の魔法を繰り出す高等技術を有するというのを特徴とする。
一説には非常に古い魔法らしいな。なんで人間界に古い時代の魔法が伝わっているのかは分かったもんじゃないが、とにかく目の前にいるこの男はその名前の通り、高嶺流を直接受け継いでいるのだろう。
そんな男がどうしてこんなところにいるのか。
「言いたい事は色々あると思うんだけど、今のところは君達の味方として現れた。それで納得してくれない?」
「……どうする?」
「どうもこうもこの状況であーだーこーだ言ってる余裕はないよね。一応、それっぽい話は聞いているわ。今は信じる、手を貸して」
「勿論。そのために来たんだからね」
ウィスティーの言う通り、細かい説明を聞いている暇は無い。味方だと言うならこれ以上に心強い味方もそういないだろう。これだけの戦闘能力を持っているヤツを使わないでいつ使うのか。
懸念事項は全部捨て去って、今は『人滅獣忌』に集中する。2人に道を切り拓いてもらって、俺はそれに突っ込んでいくのが仕事だ。
「頼む」
「任された」
「来るよ!!」
手短に済ませたやり取りの後、『人滅獣忌』の攻撃がまた始まる。今まで出会ったショルシエとその分身体との違いを感じる部分と言えば、魔法は殆ど使ってこないってところか。
今のところの攻撃は全て尾を使った高速の物理攻撃。九つの尾から放たれるそれはスピードもさることながら、なにより威力がえぐいことはさっきも見たばかりだ。
それを気にせずに近づけるというのはかなり有利な条件と言えるな。
飛び出した俺の左右を守るようにウィスティーと高嶺 悠が駆け出す。
身体強化魔法を使っている俺らに対して、その様子が殆ど伺えない高嶺 悠はやはり化け物のそれじゃないだろうかと頭に過りつつ、左右の2人は頼もし過ぎるくらいに次々と来る攻撃に的確に対処をしていた。
破壊魔法という無法にも思える魔法もさることながら、卓越した斧槍捌きを見せるウィスティー。
魔法少女らしい、華のある戦い方と言える。
高嶺 悠はその真逆を行っている。動きが大きく、一撃で広範囲を薙ぎ払って行くウィスティーに対して動きは最小限だ。
はた目には緩慢さすら感じる動きからは想像も出来ないほど、攻撃そのものは早くそして正確だ。
高嶺流の極意は一撃必殺、だったか。剣術、槍術、短剣術など様々あるようだが、その全ての技が一撃で敵を仕留めることに特化しているという。
その師範か何かだろう高嶺 悠の太刀筋はまさにそれだ。
高速で何度も攻撃して来ているはずの九つの尾に全て正確に刃を当て、弾いている。
同じ高嶺流剣術を使うハズの千草のそれとはまるでレベルの違う。
明らかに高嶺 悠の方が剣士としては優れていると言わざるを得ない。
魔法も使った勝負ともなれば良い戦いをするだろうが、同じ高嶺流の剣術を使う以上はそれで上回る高嶺 悠の方が総合的な実力も上だろうな。
「考え事なんて随分と余裕があるじゃないか」
「おかげさまでな。千草が師事したのも頷けると感心していたところだ」
「そりゃどうも」
軽口こそ叩いているが、この間も当然猛烈な攻撃が続いている。
何もなければウィスティーも会話に混ざって来るだろうがそれが無いのが攻撃の苛烈さを物語っている。
俺も直線距離では『人滅獣忌』に近付けなくて困っているところだ。
俺たちが全員遠距離攻撃を苦手としているのを早々に見抜いているらしい。
決して近付けさせまいという意思を確実に感じていた。




