決意と覚悟
爪と尾の打撃の応酬からスタートした戦いは揃って相手の出方を伺うという慎重な出だしと言えるだろう。
ショルシエの分身体と言えば、敵を侮り足元を掬われる印象があるんだがどうにもコイツはそういうタイプじゃないらしい。
臆病とも言えるくらいに慎重だ。決して無茶や力業でこじ開けて来るような素振りを見せない。むしろ技巧派とも言える立ち回りをして来たのは意外だった。
「随分とらしくない戦い方をするもんだ。他の分身体は力任せの攻撃ばかりだったが」
「あんな猿どもと一緒にしないで欲しいな。僕は力に溺れるなんて無様は晒さない」
魔力量にモノを言わせた物量戦や面制圧をしてくることが多いショルシエとその分身体。その中でカトルは非常にバランスの取れた戦い方をしている。
至近距離戦は恐らくそこまで得意では無いのは変わらない。ただし尾による打撃や刺突と魔法を本当にバランスよく使って来るのはまるで魔法少女を相手にしているような気分になる。
カトルはどうやら、ショルシエの分身体の中では特異な部類の様だ。個体ごとの性格の差か、他の何かなのかは知らんが、少なくとも他の分身体と同列に語られるのを嫌っているようにも見える。
「手伝う?」
「まだ良い。それより『人滅獣忌』の警戒を頼む。いきなり近くで大暴れされたら死にかねん」
「了解。でも、ヤバいと思ったら横槍入れるからね」
何度かの攻防をやり取りして、互いに元居た地点へと戻り、一旦リセットされる。そこで戦いを見ていたウィスティーから助太刀について問われるが、今は断った。
それよりも封印の解除が進んで行っている『人滅獣忌』の方に注意を向けていてほしいからだ。
封印はどうやら一気に解けるものではないようで、未だに封印は完全に解けてはいない。ただ、封印そのものに異常があることは誰が見ても明らか。
漏れ出て来る瘴気の量がまるで違うからな。『獣の力』の気配も更に強まっている。
未だ岩のような姿から変化はないが、あそこからどう変化していくのかを注視する必要はあるだろう。
その適任は俺よりも強いウィスティーの方が適任だ。俺はカトルと小競り合いを続けてた方が都合が良い。
なんなら、この場でコイツを倒すことが出来たのなら更にラッキーだろう。
「余裕だねぇ。封印が解けていっている最中だって言うのに」
「だから言ってるだろ。最初からそういう腹積もりだ」
「……ふぅん? 減らず口ってわけじゃなさそうだ」
封印を他所に戦い、挙句の果てに1人は静観の構え。カトルからしたら奇妙な光景だろう。俺達にとって、最も不都合なことが起きようとしているというのに、それを計画通りだと主張される。
嘘やハッタリだと疑うのが普通だ。カトルが訝しむのは当然で俺達がやっているのはハッキリ言って気狂いのそれだからな。
「でも、わざわざここに来るってことは君達はここで何かをする必要はあるってわけだ」
「頭が随分と回ることだ」
「言っただろ。僕は他のバカな分身体とは違うんだ。戦いはここで決まる、そうだろ?」
頭をトントンと叩いて、自分は違うとアピールする。頭を使って戦うのは確かに他にはない特徴と言えるだろう。
大本のショルシエですら、頭を使っているように見えて実際のところはその暴力的な魔力を使って戦うパワープレイだ。
アイツが得意なのは頭を使って戦うんじゃなくて、自分が危険な状況に陥らないようにするにはどうすればいいかという事ばかりだ。
如何に自分の手を汚さずに、自分の都合の良いように物事が進むか。そればかりのずる賢さであって、別に頭は良くないからな。
「自分だけが特別だとアピールしてる時点で、俺からすればどんぐりの背比べにしか映らんな」
とは言え、そんなのをわざわざ俺にアピールしてくる辺りが稚拙だ。それを指摘して思いっきり鼻で笑ってやったら頭に来たのか攻撃が苛烈になった。
そういうところだ。怒りの沸点が低い上にそれで感情をコントロール出来ないのなら、どれだけ頭が良いフリをしてもお前は他の分身体と変わらない。




