決意と覚悟
封印を解くのは、『獣の王』たるショルシエを完全に滅するため。アイツはきっと一個の個体では無い。
というか、普通の命がある生き物だとは思ってはいけない。
少なくとも、心臓があるような生命体ではない。
例えるなら、アイツはミミズやプラナリアのような生き物だ。自分の肉体。あるいは力の一部が残っていればそこから再生する生き物のような存在だと思っている。
分身体を考えれば、その理屈は正しいハズだ。
分身体は『獣の力』を分け与えた存在。この封印された『人滅獣忌』も同じように力を分け与えた存在。あるいは元々本体だったモノ。
俺達が今まで見て来たショルシエがその核に当たるのかどうかも分からないし、核のようなモノがあるのかもわからない。
ただ古代の伝承の話を考えれば、『獣の王』は力の一部さえ残っていれば神からも逃げおおせられるということは分かっている。
つまり、ショルシエを倒し切るにはその力の残滓すらも残さないようにしなければならない。俺達はそう結論付けた。
そのためには目の前に封印されている『人滅獣忌』の封印を解かなければならない。仮に妖精界のショルシエを滅することに成功しても、ここにこれが存在する限り『獣の王』が復活する可能性を0にすることは出来ない。
そして、この強固な封印がいつまでも万全に保たれるということは無いだろう。この世に完璧は、100%という事象はそう簡単に存在しないからだ。
どこかで聞いたことだが、単純な1+1という計算ですら定義次第では2と証明出来ないらしい。小耳に聞いた話だから、これが正しいかはどうでもいいのだが、俺達が当たり前だと思っていることすら、絶対はあり得ないかも知れない。
そう考えれば複雑な術式を幾重にも組み合わせたこの封印は尚更完璧かどうかはわからない。俺はそう考えるし、実際あらゆるモノは劣化する。
今は完璧でも将来が完璧な保障は無く、将来的に劣化するならそれは完璧な封印なのか?
ま、理屈をいくらこねたって仕方がないから簡単に言えば、俺達はこの封印はいずれ破られる不完全な封印だと判断した。
そして、それは人間界と妖精界に再び暗い影を落とす災厄となることは必須だ。それならば、俺達はその可能性すら潰そう。
神すら討ち損ねた『獣の王』を滅ぼすために、俺達はこの封印が解かれることを容認することにした。
「……本当にやるんだね?」
「あぁ、やる。役者は揃ってるからな」
矛盾していることは認めよう。完璧が無いと言いながら、俺達は『獣の王』を完璧に滅するために目の前の巨大なリスクを背負うことを選んだ。
1つでもミスをすれば、世界は滅びかねない。妖精界どころか人間界ですらだ。
完璧を否定しながら、自分達には完璧を求める。聞く人が聞けばとんだ愚か者集団なのは分かっている。
それでも俺達はこの選択をすることにした。何故なら、この方法が成功すれば最も後世にリスクを残さない方法だからだ。
そのための役者は、揃えた。
「切り札は揃えた。全て、対『獣の王』用の特別なモノをな」
「君もその一つ?」
「アンタもな」
俺も『破絶の魔法少女』も対『獣の王』用の切り札の一つだ。何をするかは、封印が解けてからだな。それまでは俺達は待機する以外にやれることはない。
「お話は終わりましたか?」
「空気を読んでもらって悪いな」
「部署ごとに色々あるのは存じていますから。特に本部が相手にしている『敵』については私達も小耳に挟んでいます」
「随分と大人だな」
「それはそうですよ。もう28ですからね。私は何も聞いておりません」
それとなく俺達から距離を置いていたカテーナは中々のタヌキの様だ。流石は難しい現場で長年揉まれたベテランだ。
おそらく、俺ら以上に厄介な客は山ほどいたのだろうな。
そう思いながら、俺達は一時的にその場から離れる。それから異変が発生するのに大した時間はかからなかった。




