決意と覚悟
「俺もな、昔は真白達の敵だったんだ」
「え?」
「3年前、俺は真白達と明確に敵対していた。特に真白とは本気で死闘を演じたものだ」
3年前、俺は【ノーブル】の構成員、シャドウとして何度も何度も真白の前に立ちはだかった。
ピリアとほぼ同じ立場にあったと言って良いだろう。正直、俺とコイツの境遇は似ているところがある。
どうしようもない悪意に飲み込まれ、悪事を働くこと以外の選択肢を奪われていた。それが正しく、それしか方法が無いと思い込まされていた。
環境と言うのは恐ろしいもので、あるはずのモノすら簡単に見えなくなるんだ。手を伸ばせば、脚を一歩踏み出せば。
たったそれで良いって言うのにな。後々、どうしてこんな簡単なことも出来なかったのかと思うくらいには客観的には単純な話だと言うのに、その視点すら奪ってしまうのが悪意に満ちた環境というものだ。
あれは人の視野を著しく狭める。それを打破する方法はたった一つしかない。
「マヒロさんが、敵だったんですか?」
「今でも敵っぽく見えるか?」
「いえ、その、ちょっと無愛想な感じはしますけど、悪い人だとは思えないです」
「随分と直球に言ってくれるな」
初対面だって言うのにしっかり直球の表現をしてくるじゃないか、と俺は少し意地の悪い笑い声をあげるとピリアの方はわたわたと何とか自分の発言を修正しようとしているが、別に気になんてしてない。自分が無愛想なのはよく分かっている。
「そうやって真白達と関わっているうちに、自分の考えが変わっていったんだ。俺はこのままで良いのか、ってな。それまで俺は言われたことを熟すだけの動く人形だった。それに疑問を抱くようになったんだ」
今思い出しても不思議な感覚だ。戦いという中で俺と真白は確かにその距離を縮めていた。お互いを好敵手とし、認め合い、戦うことを楽しみにするという関係になって行ったのは不思議以外の言葉が出て来ない。
挙句の果てには生まれの差があるとはいえ、親が同じ、姉弟だって言うんだからな。運命、と言うしかないだろ。
そんなスピリチュアルな発想は避けたいところだが天文学的な数字を奇跡や運命と表現する以外の言葉を生憎俺は知らないのでな。
「お前の身に起きたことを全部知っている訳じゃないが、似た境遇だとは認識している。俺もお前も、人と触れ合って初めて自分のおかしさに気が付けた」
環境によって歪められた思想や視野を正す唯一の方法は、今まで関りの無かった多くの人と触れ合うことだ。
隔離された、閉塞された環境が最も人をおかしくさせる。それを変えるにはより多くの人との関係を持つのが重要だ。
多くの人を知れば、様々な情報が入って来る。それを素直に受け止めて飲み下し、消化出来るかどうか。
それが出来なければ、俺は今も独房の中だっただろう。
「お前もそうだろ? 昴と偶然知り合い、自分のおかしさに気付きながらショルシエに加担していたハズだ。最終的にはお前は捨てられたわけだが、その時の唯一の頼みの綱は昴だった。だからここに来たハズだ」
ピリアがここに来たことを知っているのは実はごく一部だけだ。詳細を知っているのは真白と昴、俺、紫くらいか。
残りの面々には細かい話はほとんどしていないのは、ピリアを敵と断罪するにはまだ早いという真白の判断がある。
千草や朱莉に詳しく知られてみろ。アイツらは容赦なくピリアを尋問。なんなら拷問に近いところまでやる可能性だってある。
正義感が強いってのは裏を返せばそういう事なんだ。己の正義のために悪を叩きのめすことになんの抵抗も無い。
正義の暴走ほど、恐ろしいモノは無いからな。人間の戦争の歴史も殆どがそれに起因すると言って良いだろう。
真白はその辺も見ながら、全体のバランスを取りつつ、ピリアにも複数の意味でのチャンスを与えようってわけだ。
「俺達は一生をかけて犯した罪を償わなきゃいけない者同士だ。少しくらいなら助言してやれる」
間違えを犯した者同士、話せることは少しはあるだろう。




