3尾の獣
「くふふ、はははは!!」
ウチの指摘に顔を手で覆って、天を仰ぎながら笑うサフィーリア、もといシャロシーユ。
何がそんなにおかしいのかはさっぱり分かんねぇが、本人的には大層面白いらしく、ゲラゲラといつまでも笑ってやがる。
今どてっぱらに一撃ぶち込んでやろうかと思い始めたところで、ようやく収まって来たのかようやくこっちに視線を向けて来た。
「お姉さまの勘、というのは本物の様だな。最近はてんでだったようだが?」
「こっちの質問に答えろよ。ショルシエの関係者は耳も頭もねぇのか?」
質問に全く別の質問で返してんじゃねぇよ。聞いてるのはこっちだぜ。まずはこっちの質問に答えろってんだ。
仮に質問に質問で返すなら、それに関連することだろ普通。
ったく、これだからショルシエの関係者と話しをするのは面倒なんだ。どいつもこいつも自分の好きなように話を進めやがる。
「その質問にはもうほぼ答えているよ。私の名前はシャロシーユ。3尾のシャロシーユだ」
三つ又に分かれた尾びれを見せつけて、シャロシーユはそう応える。つまるところ、自分はシャロシーユという存在であり、サフィーリアではないってわけだ。
だが、顔は勿論サフィーリアだし、質は変わったとはいえ魔力から感じる気配もサフィーリアのもので変わりない。
変わったのは自意識、更に言うなら人格ってところだ。『獣の力』は理性や感情を本能で塗りつぶして、ショルシエの配下にしちまう能力。
元々妖精は獣だったことを考えると、妖精のサフィーリアを獣に変えるのは難しくないだろうよ。
あのパッシオですら抗えなかったんだからな。若いサフィーなら抵抗するのは更に難しいってもんだろ。
それを更に発展させてショルシエの一番都合の良い部下にしちまう方法があるとしたら、理性や感情、人格は邪魔なハズだ。
「サフィーをどこにやった」
「また同じ質問かい? ここにいるじゃないか。私はサフィーリアから生まれ変わり、シャロシーユになったんだよ?」
「テメェの話はしてねぇんだ。サフィーを出せっつってんだよ!!」
『ヴォルティチェ』を振り下ろして、シャロシーユに襲い掛かる。テメェのどうでもいい話なんざ聞いちゃいねえんだよ。口から出て来る適当な言葉をぴーちくぱーちくと吐き出してるだけだろうが。
サフィーリアの人格を出せって言ってんだよ。いねぇとは言わせねぇぞ。
「サフィーにショルシエの『獣の力』を直接注ぎ込んで、サフィーの中に別人格の分身体を作ったってところだろ? だったらサフィーの人格もあるはずだ。テメェに用はねぇから引っ込んでろ」
「随分と酷い言い草じゃないか。身体は大事な妹のそれなんだよ? それに躊躇いなくそんな物騒なモノを振り下ろすなんて、正気の沙汰じゃないよ」
「言ってろ。どうせ大して効かねぇだろ」
一時的に妖精を獣に戻すならただ『獣の力』を妖精に流し込めばいい。だが、それじゃ長続きしないんだろ?
長続きするんだったら、あの時からずっと獣として従えていた方が良い。
例えば、強い妖精だけを獣化させたまま、手駒として引っこ抜くくらいのことをしたっておかしくない。
でもショルシエはそれをしなかった。いや、出来なかった。
今のショルシエに妖精を一時的に獣にする力はあっても、ずっと獣化を維持させるほどの力を持っていないとするなら。
もし、妖精を完全に獣化させる方法があるとするなら、ショルシエ本人から直接大量の『獣の力』を注ぎ込むようなことが出来れば、可能かも知れねぇ。
それの実験が『ビーストメモリー』だ。アレは妖精以外の種族ですら強制的に獣化させるほどの『獣の力』と魔力を内包している。
それを妖精にぶち込んだらどうなるか。想像するのはそう難しくねぇ。
つまり、サフィーリアはどこかのタイミングでショルシエ、あるいはショルシエの分身体と接触。
その時に『ビーストメモリー』をぶち込まれて『獣の力』を体内に大量に注ぎ込まれた。
これがウチの仮説だ。そう間違っているようには今の状況を見ても思わねぇな。
「サフィーを返してもらうぞ。ウチの、ウチらの大切な妹だ!!」
「返すも何も、妖精は所詮獣!! 王の配下に戻っただけの事!! ハナからお前ごときの相手なんてしてねぇんだよ、バァカ!!」
濁流と濁流がぶつかり合って、ウチとシャロシーユの戦いが始まった。




