3尾の獣
皆と別れて、一人で城の通路を突き進んで行く。ウチの仕事はとにかく暴れること。城はぶっ壊して構わないってのは王弟のスタンからの言質だ。
まぁ、ショルシエ相手にそんなことも言ってられねぇからな。城はまた建てりゃいいだけの話。それ以上にショルシエがこれ以上好き勝手させるわけにゃいかねぇからな。
「しっかし、現状雑魚ばっかだな。こんなんで足止めになるなんて甘い考えをしてる連中じゃないと思うんだが……」
「まさか、足止めになるなんて思ってもいませんよ」
襲い掛かって来る城勤めの連中を順番に殴り飛ばしながら進んでいたウチの耳に聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
城の中で暴れてヘイトを買うのが全体を考えたウチの作戦目標だとするなら、この声の主に関しては個人的な目標。
わざとドタバタ騒いだ甲斐ってもんがあったぜ。思ったより早く釣れたなってのが、個人的な感想だ。
「よう、サフィー。元気そうで何よりだ」
「お姉さまもお元気そうで」
ウチの目の前に現れたのはサフィーリア。空中を揺蕩うようにゆっくりとした動作で現れた姿は前にもまして黒ずみ、綺麗な青色だった鱗も、瑠璃色の髪の毛も汚い色に変わってしまっていた。
童話の人魚みてぇに美人で凛とした雰囲気もすっかり無くなって、まだ幼い顔立ちに似合わない色気のあるメイクと装飾でなんとまぁケバケバしい雰囲気になっちまった。
せっかくの可愛い顔が台無しだぜ。お前は童顔なんだからもうちょっと化粧と装飾はほどほどにしろよな。
「ちっと退いてくれねぇか。可愛い妹をボコす趣味はねぇんだ」
「あらお姉さま。ご不調の中で私のことを案じてくださるなんて感激です。ですが、ご安心ください。このわたくし、前よりずぅっと強くなったんです。ご心配なさらずとも大丈夫ですわ」
身体をくねらせながら楽しそうに話すサフィーリア。様子は、おかしいと言って良いだろうよ。
興奮するように話す様子もそうだし、振り撒く魔力も重くドロドロしている。そもそも会話の内容に反して魔力を放出しているのもおかしな話だ。
それはようするに戦闘態勢だという意思表示。これからお前を攻撃するという敵対の意思でもある。
魔法少女同士でもそうだし、妖精界では当然にご法度の行為だ。ウチの知ってるサフィーはそんな奴じゃない。
むしろ敵を前にしても、冷静に魔力を隠し、戦いが始まる瞬間だけ魔力を解放するような性格をしている。
「それに新しい名前もいただいたんですよ」
「名前?」
「はい。私の新たな名をシャロシーユと言います。サフィーリアと言う名は捨てました」
嬉しそうにそう話すのもおかしなもんだ。サフィーリアはアグアマリナ家であることを誇りに思っていた。
だからこそ、実姉のテレネッツァのメモリーを持ち、その実姉に認められているウチを姉のように慕っていたわけだ。
それを、捨てる? あのサフィーリアが? あり得ねぇだろ。名前を捨てるってことはアグアマリナ家を捨てるってことだ。
ウチからすれば、そんなことをサフィーリアがするわけが無い。
「大体分かって来たぜ、『獣の力』のカラクリってヤツが」
「……?」
「テメェ、誰だ。サフィーをどこにやった」
背中に担いでいた魔法具『ヴォルティチェ』を構え、その刃先を事象サフィーリア改め、シャロシーユに向ける。
今のコイツはサフィーリアじゃねぇ。サフィーの身体に宿った、別の何か。それが『獣の力』の本性だとウチは見た。
「面白いことを言いますね。私は私、ですよ?」
「抜かせ。いくら理性を溶かして本能を剥き出しにしたって、根本の性格は変わんねぇ。人格ってのはそんなに単純な仕組みじゃない。もう一度聞くぜ。テメェは誰だ?」
いくら『獣』とは言え、理性を無くして本能が強く出たからとは言え、本人が大事にしているモノを投げ出すとは到底思えねえ。
むしろ逆になるはずだ。本能的に大事なモノであればあるほど、強く守ろうとするはず。
「上手く誤魔化してるつもりのようだが、本物のサフィーが獣化したのなら、もっとベタベタ触って来るハズだ。テメェはどうだ? 何をそんなに警戒してやがる」
今のコイツに家柄への誇りも、ウチへの執着もあるようには見えない。上辺だけ、サフィーのしそうな言動をなぞってるだけの、テメェは誰だって言ってんだよ。




