帝王レクス
窓の外を眺めていた。活気あふれる城下はこの間の妖精族の暴走事件など無かったかのような喧騒と人通りで、今も妖精族を含めた多種多様な種族が笑い合い、助け合いながら生活をしているのが目に入って来る。
それを見下ろしながら、俺はギリギリと歯を食いしばる。悔しさと、不甲斐なさでどうにかなりそうだが、ここでヤケになる訳にはいかない。
あと、もう少しの辛抱だ。あともう少しでこの国は、世界はきっと救われる。この地獄が終わる日が来る。
その日の為に、俺は、民はこの日まで辛酸を自ら啜り耐え凌いできたのだから。
「ここにおられましたか」
「エストラガルか」
「王国、公国ともに動きがありました。一日もすれば、国境で我が軍と接触するかと」
来たか。ようやく動いてくれた。少しの安堵が漏れるがすぐに気を引き締める。これはただの始まりだ。ここで俺がミスをすれば、あちらの覚悟と準備を無駄にしてしまう。
それはどうなっても避けたい、最悪の展開だと言える。
なに、もう何年と続けてきたのだ。あと数日が何だと言うのだ。今更変わりはしない。
「国境に配属した者達に不備はないな」
「はい。みな、早い時期から国境警備に配属され、研鑽を積んだ精鋭達です」
「良い。まずは愚かな王国軍と公国軍に我が帝国の兵力を見せつけてやれ」
エストラガルの方を見ることは無く、努めて淡々と指示をする。出来るだけ強い言葉で、俺とエストラガルにだけ真意が伝わるような言い方で。
決して本当の部分は口にしない。この城はもはや帝国の政治の中枢や国を治める帝王の居城ではなくなっている。
『獣の王』ショルシエの巣だ。ここはあのバケモノの住処となり、この城の中に安全なところなど一つも無くなっていた。
どこで何を聞かれているかわからない。そのくらいにはこの城は掌握されている。まるでどこにでも目と耳があるかのように、『獣の王』に不都合な情報は伝わるのだ。
その目を掻い潜るにはこのくらいしか方法が無かった。幸いにもそれが可能な幼馴染が側近として存在していたのは僥倖だったと今さらながらに思う。
「魔法少女の動向はどうだ」
「こちらはかなり高度な情報遮断技術を行使されており、思ったように情報が集まっておりません。ですが、国境に進軍している軍隊の中にはそれらしき姿は確認されておらず、少なくとも国境には向かっていないようです」
「徹底的に探せ。あの魔法少女達が指をくわえて大人しくしているハズが無いからな」
「御意」
あちらの動向が読み切れないとこっちの方も合わせるのが難しい。女傑揃いの魔法少女が戦いの場で最前線に出て来ないわけが無い。
国境の進軍は囮だ。王国、公国を別々に進軍させたことには称賛を送る。考えられる最善手の囮だ。
どれだけ囮だと思っていても、無視することも出来ない戦力が二つも迫っているとなれば、こちらもそちらに気を遣わざるを得ない。
国境に進軍してくるように常に軍を国境付近でチラつかせていた甲斐があるというものだ。こちらの意図を今のところかなり正確に読み取ってくれていることには感謝しかない。
「いよいよでございますね」
「……あぁ、いよいよだ」
既に魔法少女達は動き始めているだろう。もしかすると既に帝国首都。俺が見下ろすこの街に潜入して来ている可能性はある。
人間界の技術というのは妖精界の稚拙なそれとはレベルが違う。特に情報に関わるあらゆる技術は妖精界のそれの遥か高みにあると言っても良いだろう。
まさに天と地の差。それほどの隔たりがあり、情報の伝達速度、正確さ、隠ぺいの能力。本当にあらゆる情報を扱う技術が違う。
遠く離れていても即座に連絡を取り合う手段もあれば、こちらに悟られずに侵入する隠ぺい技術も持っているハズだ。
スタンにわざわざ持たせた代物もあるしな。アレは妖精界では数少ない、情報を操る魔法が籠った魔道具だ。
魔力、気配、足音や姿までをあやふやにしてしまうという国宝級の物をわざわざ持って行かせたのだから活用してもらわなくては困るというものだ。




