最終準備
昴の助力もあり、しばらくしてピリアは落ち着きを取り戻した。ただ、これ以上彼女から多くを聞き出すのは危険だ。
少なくとも、今日一日では難しいだろう。
ピリアのメンタルがもたない。根掘り葉掘りと聞いて行けば聞いて行くほど、彼女にとって不都合な現実というのが山ほど出て来るハズだ。
これが洗脳されるということ。洗脳が解かれそうになった時や、普通の人にとっては当たり前の現実でも、強い思い込みをしているその人にとって不都合なら強く拒絶するのはこういう風になってしまうからだ。
小さな世界に閉じ込められた、あるいは閉じこもってしまった人ほどこうなってしまう。
小国の村育ちという小さなコミュニティの中で育ったピリアを洗脳するのはショルシエにとって朝飯前、なのだろう。
「今日はこれで終わりにしておきましょう。また後で話を聞くわ」
「ま、待ってください!! まだお話をしてくれませんか?! まだ知りたい事が、知らなきゃいけないことが沢山あると思うんです!!」
「ダメよ。貴女が潰れたら元も子もないわ」
「でも、時間も足りないですよね。私から聞いておかなきゃいけないこと、沢山あるんじゃないですか?」
困ったな。思った以上に頑固だ。恐らく、罪悪感と焦りが混ぜこぜになっているんだと思うんだけど、彼女の言ってる事自体もその通りだ。
私たちには時間的猶予がない。出来るだけ早く、態勢を整え、帝国にいるだろうショルシエとの直接対決を図らなければジリ貧になってしまう。
時間をかければかけるほど、こちらが有利だというアドバンテージはもはや無い。時間をかければかけるほど、今やショルシエの方が有利だ。
それはショルシエにとって直接の手駒であっただろうピリアを切り捨てたことからも分かる。
要らないものを捨てて、欲しいものだけを手元に残すのは余裕がある方が出来ることだから。
「私も知りたい。あなた方も知りたい。だったら、ここで全部話すべきことは話すべきじゃないんですか?」
「強情ねぇ。そんなに急いでどうするの? まさか、死に急ぐつもりじゃないでしょうね」
ギロリと、魔力と一緒にピリアを睨みつけて脅す。それだけは許さない。死は救済ではない。逃避だ。しかも最悪なやり方の。
そんな安易な方法で罪の意識から逃れようと言うのなら、彼女への評価は落とさざるを得ない。もう少し頭の良い子だと思ったけど、思い違いだったかしら?
「そ、そうじゃないです。いや、違わないかも知れないですけど。死にたいわけじゃないです。だって、それは逃げじゃないですか。私は逃げたくないです」
だけど、それは杞憂だったようだ。彼女は私の想像よりも強い気持ちの籠った目で返して来る。
ま、だからと言って応えては上げないんだけど。どれだけ強い意思で臨んでも、彼女の精神は限界だ。これ以上はどうやったって難しい。
これは子供扱いをしているんじゃない。彼女を尊重しているのだ。何より、守るためである。
「だったら尚の事、自分のして来た事を時間をかけてしっかり見つめ直しなさい。貴女から得られる情報なんて、たかが知れてるのがわかったしね」
「そ、そうですか……」
「私が席を外している間に昴と仲直りしておきなさいよ。まだちゃんと話をしてないんでしょう? 昴も、今日の修行は止めるように朱莉には言っておくわ。明日の修行には間に合わせるように」
「はい!!」
ショルシエの操り人形だったという事は、重要な情報は与えられていないだろう。いわば捨て駒だ。捨てると分かっているものに重要なモノは与えないのはどこの世界でも時代でも変わらないだろう。
それよりも彼女は自分がして来たことに向き合う時間と、友人である昴との時間の方が重要だろう。
精神衛生的にもね。身体の治療も済んでるし、後は自然治癒を待つだけだ。
私たちには時間が無くても、彼女には時間が必要だ。
「それじゃ昴。あとは任せたわよ」
「了解です!!」
それに昴相手なら気兼ねなく色々話せるだろう。私より有意義な話を聞きだせるかも知れない。
打算も含めて、昴にこの場を託した私は外からの侵入を防ぐ障壁を張って部屋を出た。




