最終準備
「ピリア?!」
「こら!! 怪我人がいるのに大声を出さない!!」
ドタバタと扉を破る勢いで転がり込んで来た昴に注意をして、障壁で強制的に気を付けの姿勢にする。
やっと容態が落ち着いたんだから、騒いで悪化したら堪ったもんじゃないわ。全く、落ち着きが無いんだから。
「って、貴女なにその生傷だらけの腕は?!」
溜め息を吐いた後に見た昴は、身体中生傷だらけだった。腕どころじゃない、脚やお腹にも。挙句の果てには左耳の近くから頬にかけての切り傷まである。
女の子が、顔に!! 傷!!
「あ、これはドラゴンの皆さんと訓練中についちゃって。ほら、ドラゴンですから基本の武器が爪とか牙なんで」
「そういうことじゃないわよ。なんで治療してないの!!」
「え、いやぁ、時間無いんで……」
「おバカ!!」
ごちんっと昴の頭に拳骨を落として椅子に座らせてついでに服もひん剥く。あぁもう!! 案の定服の下まで生傷だらけ!!
化膿してないのが奇跡的なレベルだわ。動くだけでも相当痛いはずなのに泣き言一つも言わないのは感心するけど、怪我を放置するのは論外だ。怪我の悪化から傷口から病原菌の侵入などなど。
懸念事項は山ほどあるけど、一番はその見た目。
生傷だらけの女の子なんてそれだけで周囲から奇異の目で見られてしまうし、昴の将来の諸々に直結してしまう。
お洒落だってしづらくなるし、印象だって下げてしまう。
理由があったとしても良いことなんて一つも無い。ちゃんと治療して、傷跡も残さないようにしないと。
「朱莉は一体何をしてるのかしら。あの子に修行を付けてもらってるんでしょ?」
「監督はしてもらってる感じです。普段はドラゴンのみんなに混じって実践訓練をずっとやってますね」
「あの子は全く……」
頭が痛い。いくら昴が望んだからと言って、彼女は親御さんから預かっている身でもあるのだ。それをこんな生傷だらけにするなんてとんでもない。
せめて傷の治療くらいはしなさいよ。あぁ、でも竜の里に治療って概念は無さそうな気配もする。
「別に大丈夫なのに……」
「そんなわけないでしょっ」
治さなくても良いという昴を黙らせて、しっかりきっかり治療する。自分にここまで頓着の無い子も初めてだわ。
見えないからいいだろって子とか、多少なら別に良いかって子はいるけど、ここまでの生傷だらけの状態を放置しようとする子は初めてだ。
「そんなことより、ピリアのことですよ」
「はぁ、今回はそういうことにしといてあげる。あそこで寝ている通りよ」
自分の怪我の事をそんなこと扱いする昴に呆れながら、治療の終えたピリアが眠っているベットを指す。
そこに眠っているピリアは私達からの治療を受け、包帯やガーゼで全身を覆われているような状態で相当に痛々しい。
傷の深さも昴のそれよりずっと深くて、危うく致命傷になりかねないような傷ばかりだった。
特に逃げる時の傷なのだろう。背中の傷が多く、何かに追われて執拗に追撃され続けた証拠だ。
「必死に何かから逃げてここまで来たみたい」
「そんな、何から逃げるんですか。ピリアが逃げる必要がある相手なんて……」
「それは本人に聞いてみるしか無いけど……」
何から逃げて来たのか、そこが問題なんだけど大体の予想はつく。
この急所を外しながら、いたぶる様に傷をつけて追い立てるやり方をするようなヤツは1人くらいしか心当たりはない。
『獣の王』ショルシエ。そんなことをするヤツはアイツくらいだ。まるで狩りを楽しんでいるかのようなやり方だ。
だが、そうだとするとやっぱり疑問も浮かぶ。
何故、味方であるハズのファルベガ、もといピリアがショルシエからここまで執拗な攻撃を受けて、ペットであろう小動物まで殺されるような状況に何がどうなってそうなったのか。
いくらあのショルシエとは言え、この場面で味方を減らすようなことをするだろうか。だけど、ショルシエだからなぁという思いもある。
何も理由が無いなんてことは流石に無いはずだ。その理由をピリアは知っているだろう。
「うっ……」
「あ、ピリア!!」
そんな事を考えていると、ベッドに横たわっていたピリアが声を上げる。どうやら意識を取り戻した様子だった。




