最終準備
その場にいる全員があんぐりと口を開ける。誰だってそうなるだろう。『神器』が紛失してるなんてそんなバカな話があってたまるか。
嘘をついていないか、リアンシさんを睨みつけるが本人は相変わらずニコニコしているだけで腹の内は読めそうにない。
紫ちゃんにも視線を向けるけど、横にふるふると首を振られてしまった。紫ちゃんにも判別はつかないようだ。
「なんでそんなことになっているんですか?」
【聞いていることがあるとすれば、どうにもご先祖様がどこかに隠してしまったらしいんだ。理由も何もわからない。『神器』どんな能力があったのかすら、僕らには伝わっていない】
先祖が隠した……? 目的は何? 独占? それとも何かの隠匿? なんにしてもリアンシさん自身が関与していないとするなら、今から探し出すなんて間に合わない。
『神器』はショルシエも狙っている節がある物でもある。3年前の戦いでは偽者だったとはいえ、『神器』探している様子があったしね。
恐らく、自らを殺せる。封じることの出来る可能性を少しでも排除したかったのだろうと思う。
それを奪うことによって、自分への対抗策を潰す。ミルディース王国を滅ぼしたのもそれの延長線上と考えるのが自然だと私は考えている。
【そんなことになってたのなら誰かに相談すれば良かったのに……】
【言えるわけが無いよ。初代女王から分け与えられた、文字通り『神器』を失ったなんて、王国と帝国に何を言われるか分かったもんじゃない。それこそ、3国のパワーバランスが崩れて、『獣の王』にとって都合の良いことになっていただろうね】
スタン君の疑問は一般的な視点だ。そして、リアンシさんの視点は政治を執り行う側の視点。
困ったことがあったのなら相談すれば良いのにと普通の人は思うが、それが国家規模の話ともなればそうも言ってられない。
国家規模の問題やトラブルは言い換えればその国の弱点や弱み。人間界の国々ではここを迂闊に外に出すとあっという間に他国や敵対組織から攻撃や潜入をされてしまう。
ウィークポイントとはまさにこういうところで、そこを突け狙う人と言うのは案外どこにでもいるもの。
弱みを見せた相手に無関係なのに執拗な攻撃をして、徹底的に排除しようとする人の恐ろしさはまるで弱った小鹿に集るハゲタカのようにも思える。
このハゲタカがこの妖精界ではショルシエのことを指す。しかも骨の髄まで啜り、私達が苦しむそれを見て楽しむ悪辣さまで持ち合わせている。
リアンシさん達、公国の歴代領主の判断は正しいと私は思う。国力のバランスもそうだけど、何より絶対にショルシエが付け入る隙になる。
そして3国間で『繋がりの力』と『神器』について互いに秘匿し合うというルールについても合点が言った。
こういう事態を想定しての事だったんだろう。『繋がりの力』と『神器』に何かがあってもショルシエに察知されるのを遅らせるのが目的。
本当に、この世界の人達は徹底して『獣の王』を警戒していたのだと思う。でなければここまで徹底的な対策をしていない。
自分達が倒すことが出来なかった『獣の王』をいつかどこかで殺すために、それまでに自分達が不利になってしまうことが無いようにしてきたのだろう。
相当に考えこまれている。当時、かなり優秀な頭脳班が妖精界に存在したんでしょうね。
「『神器』が紛失していることはわかりました。それ以上の情報は本当に無いんですね?」
【うん、無いよ。僕から答えられるのはここまで】
これ以上、追及しても答えが得られることは無いだろう。この発言が嘘かまことかはリアンシさんしか知らないけど、追及したところできっと私が望んでいる答えが返ってくることは無い。
事実なら勿論。嘘だとしても、ここまで言って真実を少しでも語る素振りも見せないのだから、決意は固い。
そこを突き崩すよりも、無いことを前提に話を進めた方が手っ取り早い。何より、リアンシさんが無意味にそういうことをするとは思わない。
何かあるのだとしたら、思惑があるからだ。その思惑を壊す必要は無いだろう。
「では、そういうことにしておきます」
【理解を示してもらえて助かるよ。こちらとしても伝えることが遅くなったことをお詫びしよう】
頭を下げるリアンシさんの対応自体は真っ当だ。それに紫ちゃんがいるのにこっちに悪意をもっているというのも考えづらい。
ここは素直に受け止める。そう決めて、次はスタン君に聞けることを聞こうと思う。




