花園へ
「『獣の力』とはショルシエが我が物顔で自分の特殊能力かのように主張しているだけで、その正体は生き物が生きていく上で絶対に必要な本能よ」
本能。これまでの戦いの中でも度々出て来た単語だ。印象に残っているのは、やはり『隷属紋』かな。
アレは対象の理性や知性を著しく制限することで操り人形にしてしまう魔法。残るのは本能のみ、自らで考える能力を奪われた者は『隷属紋』の発動者の指示通りにまるでラジコンのように動くだけになる。
この場合の本能は最低限の生命活動だけは出来るという意味だ。
あとはこの前の妖精の暴走、か。アレも一種の本能が剥き出しになった状態って言えるし、『ビーストメモリー』もそれなのかな。
「本能を暴走させる力、じゃないの?」
「というよりは、過剰に濃縮したのが『獣の力』ね。本質はあくまで生き物が生きていくために必要な本能であることに変わらないわ」
なるほ、ど? 認識の違いと言うかどちらが後か先かみたいな話にも近い。
私達は『獣の力』を人や妖精が元来持っている悪性や欲に作用して、暴走させるものだと思っていたけど、実際はその逆に近くて。
本来持っている欲。つまり食欲とか征服欲、独占欲とか、色々言い換えられるけど生き物が生きていくためには絶対に必要な本能を濃縮したものが『獣の力』だという。
「碧ちゃんの魔法も、本能を刺激して自己強化をする魔法だから、同じような気配がしたってこと?」
「そういうこと。別に『獣の力』、本能自体は悪じゃない。ただし、その本能を意図的に。他者を攻撃するような要素だけを濃縮されていることが問題なの」
「加害性を強く発現するように、生き物の攻撃性を高めるってことか……」
生き物としての加虐性を高める要素。さっきも言ったような攻撃性のある欲もそうだし、自己を防衛させるための本能的な行動も含めたモノを考えると無数にあると言っても良い。
極論を言えば、我が子を捕食者から守るために親が敵を排除しようとすることでさえ、加虐性を意図的に強めれば歪んでいく。
「生き物が生きるために備えている当たり前の意思や行動。それをどろどろに煮詰めたモノを相手に直接注入出来る。それが『獣の王』の特殊能力の正体よ」
率直に、悪辣で最低な能力だと思った。意識しなくても眉をひそめてしまうくらいには嫌悪するべき能力だと、私は思う。
それはお母さんも一緒だろう。決して面白いことを話していたり、何事もないかのように素っ気ない態度を取っているわけじゃない。
私と同じように、その能力を忌み嫌い。表に露骨には出さなくても、憎しみを感じさせる目はしていた。
「『獣の王』の配下であった妖精達はそれを肉体的な接触をせずに注入されてしまうの。本人の意思とかそんなものは一切関係ない。耐えるとか耐えられないとか、そういうものじゃないわ」
「……」
ぎりっと唇を強く噛む。そんなもの、誰だって欲しくない。それなのにショルシエの都合でいくらでも妖精達は獣へと戻されてしまう。
彼、彼女達の恐怖や悲しみ、苦しみは一体どれほどのものなのか。言えることがあるとするなら、私の想像なんて遥かに超えているだろうってことくらいだ。
「碧ちゃんの魔法もそれに似た要素はあるわ。自分の持っている攻撃的な本能を刺激して、戦闘能力を飛躍的に上昇させる身体強化魔法。コントロールは、難しいでしょうね。能力を引き出そうとすればするほど、自分の攻撃性を引き出すことがイコールで繋がってしまうから」
「裏を返せば、それだけ守りたいって意思が強いってことだよね」
「そういうことになるわ。彼女の持っている、庇護欲とか母性愛的なのは本人が思っているよりずっと強い。それを利用した魔法なんだけど……」
それが皮肉なことに碧ちゃんを悩ませてしまっている。難しい話だ。それは本人が生来持っている気質。
やはり本能的な部分であり、コントロール下に置くとかそういうものではないから。
同時にそれに反発すれば、本人の能力の絶対値が下がる。自分の突出した部分を何とかして引っ込めようとしているんだからね。




