大海の獣
「これは私の仮説よ。戻ったら紫ちゃんと真白ちゃんに共有してあげて」
仮説だと言うが、恐らくはある程度の確信があるんだろう。テレネッツァは適当なことを言うタイプじゃねぇ。
知識や情報の正確な裏付けをしていくわけじゃねぇが、鋭い感覚と感性で確信に迫って行く嗅覚がある。
まぁ、ウチと同じってことだ。勘が良い、鼻が利く、なんて言われるタイプだな。経験豊富なテレネッツァはウチのそれより精度が高いと言って良いだろうよ。
そんなヤツが頭脳班の紫や真白に伝えろって言うんだから、だいぶ重要な話でそれがウチの『固有魔法』、『WILD OUT』にも関わってるってわけだ。
「『獣の力』の正体とその対処法についてよ」
「『獣の力』の正体……?」
『獣の力』は文字通り『獣の力』じゃねぇのか? 仮説だから絶対に合ってるとは言えないのはそうだけど、『獣の力』が正体不明な『獣の王』。ショルシエの持つ特殊能力じゃないとでも言いたげな話だ。
『獣の王』が配下の獣たちを操るのが『獣の力』じゃないのか?
「それは王が配下に指示を下しているだけでしょ? 影響がゼロとは言わないけどね。『獣の力』で理性を失ったところで王からの指示を受ければ従えやすかったりとかね。でもあくまで副次的な効果で、指示と力は別。じゃなかったら力を多く持った配下が王と争ったりするじゃない」
それは確かに。『獣の力』を多く分け与えられた配下が自らが王になるために『獣の王』であるショルシエに牙を剥く可能性は普通にある。
人間の社会でだって、群れをつくる生き物だったらむしろよく起こる光景まであるんじゃないか?
ようは群れのリーダー争いだ。力を付けた個体が次の群れのリーダーになろうとするそれと同じことは『獣の王』とその配下の獣達の間でも起こってもおかしくない。
だが、それらしいことが起こっている様子は見聞きしたことは無い。ウチらが見たことが無いだけな可能性もあるが、例えば明らかに『獣の力』を多く分け与えられたショルシエの分身体達がショルシエに従順だ。
それだけ力の差があるってこともあるが、説明がつかない部分があるのも事実。
「王と配下の関係と、『獣の力』は密接な関係はある。でもイコールじゃないと思う」
「その理由はなんだよ」
「それがあなたの『固有魔法』が関係しているのよ」
なんでそこが関係すんだ? ウチは人間だろ。それはさっきテレネッツァだって否定してた部分だろ。
『WILD OUT』と『獣の力』が関係あるって話にはならないハズだ。ただ似てるってだけで関係がある訳じゃない。
世の中には収斂って言葉があるしな。別のアプローチから同じような結論が出るってのはそうおかしな話じゃねぇだろ。
「『WILD OUT』は生き物として元々持っている戦闘本能を刺激しながら魔力で身体強化をすることで飛躍的にその身体強化効果を高めた魔法よ」
「なんでお前の方が詳しいんだよ」
「アンタが不器用過ぎるのよ」
なんでテレネッツァの方が『WILD OUT』について理解度が高いんだよと突っ込んだらウチの魔法操作と理解度が低すぎると釘を刺されて撃沈する。
その通りだからなんも言い返せねぇ……。こういう時ホント容赦ねえよな。だからこそ信用出来るんだけどよ。
「妖精の私の使う『魔力解放』も同じ原理よ。妖精が妖精らしい、つまり妖精の状態で本来の獣としての戦闘本能を刺激することで高い戦闘能力を引き出しているわ」
「確かにやってることは同じだな」
「やってることが同じで、同じ結果が同じってことは人間の持っている戦闘本能と、妖精のあるいは獣の戦闘本能は同じってこと。生き物が生き物として生きるために持っている戦う本能に何の差も無い」
それは確かにそうかも知れねぇ。生き物ってのは生存競争をするもんだからな。争いの全くない生き物なんていない。
必ず種や個体が生きるために、子孫を残すために争いをする。そのやり方が違うだけだ。生存競争って名前の争いは絶対にあるって言っても良いだろうよ。
「私の仮説はそこよ。『獣の力』とはつまるところ限界まで煮詰めた生き物の戦闘本能のことだと私は考えているわ」




