花園へ
「ミルディース王家に代々伝わる逸話に妖精の王は二柱の神により獣に似せて生まれ、獣を妖精に変えるための存在だとされていたわ」
「獣に寄せて生まれた……?」
「正確には『獣の王』に似せて、ね。言葉を選ばずに言えば、『獣の王』の配下である獣の支配権を奪うために神よって生み出された神造の獣の王」
衝撃的な事実に頭を金づちか何かで殴られたかのような気分になる。妖精の王が『獣の王』に寄せて作られ、その目的が配下の獣の支配権を奪うため。
お母さんの言葉を更に選ばずに言うなら、生物兵器だ。『獣の王』の最も厄介な能力、獣を生み出し、意のままに操作する能力を封じるためだけに作られた存在。
考えようによってはおぞましさすら感じる。神だから許される所業、というやつだろうか。
世界を守るために最も都合の良い生命を創造するのは確かに最も効率の良いやり方のひとつと言える。
「妖精の王が誕生したことにより、『獣の王』との戦いは一気に様変わりしたそうよ。更には妖精の王に三つの神器と特別な能力を与えることにより、劣勢だった戦況はあっというまに逆転して行くことになる」
「神器ひとつと、特殊能力は――」
「『摂理を弾く倫理の盾』と『繋がりの力』のことね。ところであなた、千草ちゃんが回収してくれた神器、受け取ってないでしょ? 千草ちゃんはあなたの調子が戻るの待ってくれたのに、そのあとずっと忙しくしてちゃ渡す暇もないでしょう?」
そこまで話をして、突然注意されて少し驚くけど、確かに完全に忘れていた。忘れるなよと言われれば本当にその通りで。
いや、神器を使わなきゃいけないシーンが本当に無くて……。あれっていわばここぞという時の最強の切り札なわけで相手の超強力な攻撃に対する必殺のカウンター。
あっちだってそれがあることを知っているから、こちらに対して超高火力での攻撃は使ってこない。
いわばあるだけで相手の行動を縛る最強の盾である訳だけど、こっちに来る時のショルシエの罠によって私の手から離れていた。
それを千草が回収してくれたことは知っていたのだけど、それをすっかり忘れていた。千草が帰って来たと言うのにだ。
幸いなことにショルシエはこれに気が付くことも無く、力でゴリ押して来ることは無かった。元々ショルシエが真綿で絞めるような行為を好んでいるというのもあるだろう。
この辺りはショルシエの驕りの部分でもあるし、私達がラッキーだった部分でもある。何にせよ、今の今まで忘れていたのはどう考えてアホのそれなので怒られるのは当然だ。
「見ててこっちはヒヤヒヤよ。ショルシエが気がつかなかったから良かったけど。そもそも罠のせいとはいえ、神器をみすみす手放すなんてそんな調子で本当に女王が務まると思うんですか?」
「返す言葉もございません」
おっしゃる通りですとしか言うことが無く、大人しくお説教を受ける。こんなので女王になってミルディース王国を再興するなんて夢のまた夢だと指摘されるのは当然だ。
しょぼくれて反省するしか今の私に出来ることは無い。そんな様子を見てお母さんは腰に手を当ててため息を吐く。
「いっぱいいっぱいになる前に周囲に仕事を振りなさい。自分でやった方が自分の思い通りにしやすいから殆ど自分で仕事を処理してるけど、そろそろ個人の能力では限界よ。国を運営するともなれば、大臣たちに仕事を任せることは当たり前にしないと不和を生んで良いことなしよ」
「それは、確かに」
「それでもどうしても自分の思い通りにしたいって言うのなら、人脈を広げて自分のやりたい事を通しやすいように努力すること。国と企業は違いますからね」
妖精の王の話から、まさか今後の国家運営について怒られることになるとは思わなかった。
藪を突いたつもりは無いのに鬼が出て来た感じ。何より流石の私も親相手に屁理屈をこねたらどんな目にあうかは分かってるし、本当にぐうの音も出ない正論だから、このあともしばらくこんこんと怒られることになるのだった。




