巌のようにあつく、石のようにかたく
「噂を聞いて来てみれば、思ったより重傷ねコレは」
飯を前にして完全に食指も何も動かなくなり、ただ目の前の料理が冷めていくのを見つめるだけの存在になりかけていたところ、よく知る声がここにいるはずの無い声が聞こえて来た。
「……何しに来た、アフェット」
「嫌味のつもり? シャドウ」
元【ノーブル】の諜報員、アフェットこと小宅 愛菜。俺を【ノーブル】という組織から抜けるためのきっかけを作った人物と言って良いだろう。
そういう意味では恩人だが、日頃はただの鬱陶しいお節介焼きだ。ことあるごとに根掘り葉掘り、アレコレ聞き出しては口を出そうとして来るのはたまったもんじゃない。
こっちは1人でゆっくりしていたい時に限って構って来るからな。
アフェット、もとい愛菜に戦闘能力はない。それどころか魔法少女としての適性も無いので、戦闘能力は美弥子さん以下だ。
いや、魔法少女としての適性が無い中でC級魔法少女以上に戦える美弥子さんの方がおかしいんだが、とにかく魔力を使った戦闘が出来ない以上は妖精界では足手まとい。
だから愛菜はウチに残って、ごく普通の使用人として仕事を熟しているはずだったんだが、何故かこうして俺の目の前に現れていた。
「僕の頼みだよ」
「親父?!」
愛菜に対しては比較的冷静に対応出来たが、そこに義理の父親である玄太郎まで現れたら話が変わって来る。
墨亜の実の父親で千草、真白、俺の義理の父親。そして諸星商業などの複数の諸星グループ関連会社の社長を務める凄腕サラリーマン。なにより今の諸星グループの前身を作った諸星グループ会長、諸星 檀氏の実の弟。
それが俺達の親父、諸星 玄太郎だ。凄腕サラリーマンとは表現したが、その忙しさはサラリーマンのそれを遥かに凌駕する。
国の重鎮などと変わらない忙しさだろう。事実、国家プロジェクト級の事業に関わることも少なくないようで、ここ最近はずっと忙しそうに世界中を飛び回っていたハズだが……。
「護衛代わりにね。彼女なら魔法についてもよく知っているし」
「コイツが護衛になるのかよ」
「失礼ね。十三さんのお墨付きよ」
執事長の十三さんが言うなら、まぁ大丈夫か。あの人も生身の人間とは思えないくらい強いからな。魔法ナシのステゴロだと今でも普通に負ける。何なんだよあの爺さん。もう70超えたって聞いたぞ。
とは言え、流石に歳なのか妖精界にまでは来なかったらしい。あの人なら充分通用しそうだけどな。
「にしたって、親父がわざわざこっちまで来てまでどうしたんだよ?」
「可愛い息子が凹んでるって聞いてね。少し無理を言って時間を作って来たんだ」
「……真白か」
あのクソ姉貴。余計なことを……。心の中で悪態こそつけど、来てくれた親父に当たったって仕方ない。
親父は俺を心配して来てくれたわけだしな。相当、護衛やら何やら色々な調整が必要だっただろうから、担当した連中には同情するし申し訳なくも思う。
「まぁまぁ、良いじゃないか。実際、随分と思い込んでいたみたいだし」
「いつでもどこでも口を開けば腹減ったの真広がご飯目の前にして項垂れてるんだもんねぇ」
「……そんなに言ってるか?」
「めっちゃ言ってるわよ」
口を開けば腹減ったと言っている時間なんて一つも無かったが、親父もそういう認識な辺り、相当口にしている言葉らしい。
そんなつもりは毛頭無かったが、そんなに腹減ったと言っていたのか。
でも確かに学校から帰って来た時も言ってるし、訓練から帰って来ても言ってた気がする。
「それに、ご飯も喉を通らないのは相当参っている時だろうしね。どうだい、何があったのか話してみないかい?」
「いや、話すような内容でも」
「気が引ける話でも僕は気にしないよ。話をしてみれば、頭の中で整理が付くこともよくある話だしね」
「特にアンタは頭でっかちだからね。ちょっとは腹の内を話した方が楽になるわよ」
お前はべらべら喋り過ぎなんだよ。と愛菜に文句を言いたくなるのを飲み込みながら、親父の提案について考える。
悩んでいたり、不安に思っていたりすることを誰かに話すことで頭の中で整理がつくことがあるって言うのはよく聞く話だ。
ディベート風の整理術、なんてのもあるらしいしな。
「あんまり、気分の良い話ではないが」
「落ち込んでいる時の話なんてそんなものさ」
ヒト死にの話だ。聞いていて気持ちの良い話なんて一つも無い。それでも親父は笑顔で平気だと言う。
少しくらい、甘えた方がいいんだろう。ここまで来てくれたことも考えれば俺がここで黙り込むというのは考えられなかった。




