地獄から帰って来た者
「まーた何かやらかしたのか」
「えぇ、前代未聞です」
「何もしてないですぅ~」
騒ぎを聞きつけたのか、席を外していた郁斗さんが部屋を覗き込んで来た。それに返事をする閻魔大王とその内容に文句を言うグレースアという光景は試練突破直後とは思えない緩さだ。
こういう雰囲気を作ってしまえるのがグレースアだよな。雪女の方もそうやって手籠めにしたに違いない。
「また凄いことをナチュラルにやるもんだ。1つの身体にふたつの魂を同居じゃなくて一つの魂に完全に別の人格を残したままでいるのか。まぁ、それなら確かに一つの身体に一つの魂の基本ルールは破ってないが」
「だからと言ってそう出来るものでもありませんよ。普通なら主導権を握り合おうとするものです」
「普通はな。コイツの人たらしの才能は目を見張るもんがあるよ」
グレースアの髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら撫でまわす郁斗さんは嬉しそうだ。なんだかんだ、可愛がっていた弟子が何の問題も無く試練を突破して来た事が嬉しいんだろうな。
面倒だのなんだのとちょくちょくぼやいているが大概面倒見の良い人なのだ。
「お、戻って来たんだ。随分粘ったね」
「あ、悠さん。お疲れ様です」
「私は別に疲れるような事はしてないよ。千草で遊ぼうと思ったけどダメって言われて待ちぼうけだったし」
「貴女の相手をし始めたらグレースアの出迎えなんて出来ませんから」
悠さんもひょっこり現れるが貴女の相手をしていたらこっちの身が持たないですからね。明らかに獲物を狩る猛獣の目でこっちを見ていた時は震え上がる気分だったんですよ?
ホント、見た目は清楚な人だがとんだ戦闘狂だ。特に強者と見れば喜び勇んで剣を抜くような人。よく人間社会でやっていけると思う。
「なんか失礼なこと考えなかった?」
「いえいえ」
なんでこういう人ってやたらと勘が良いんだろうか。怖すぎる。圧をかけるのをやめていただきたいです。
エルフのはずなのに後ろに浮かび上がってるように見えるイメージが虎なんですよ。
「小雪とも話してみる?」
「小雪?」
「うん、私のルーツの雪女」
悠さんをなんとか落ち着かせると今度はいきなりそんなことを言われても戸惑いの方が先に勝つ。
そんな簡単に言われてもな。というか切り替え出来るのか? そしてそんな簡単に切り替え出来るのか?
閻魔大王の言う通り前代未聞だろ。現実にいる二重人格者だってそんな簡単にコロコロ人格を変えられないと思うが。
「無理にやらなくても大丈夫――」
「うひゃあっ?!」
リスクもありそうだから止めとこうと思ったら、グレースアから悲鳴が上がる。
バタバタと走って私達の輪の中から抜けたと思うと近くにあったソファーの裏に隠れてしまった。
……彼女が小雪さんで間違いないだろう。グレースアのヤツめ、話も聞かずに人格を切り替えたらしい。
どうにも小雪さんにも予想外の出来事だったらしく、相当驚いたようだ。
「あー、小雪さん?」
「ひゃいっ!?」
「驚かせてすまない。そこで良いから話を聞いてくれると助かる」
「……」
ソファーの影から顔を少しだけ覗かせて頷く姿はまるで小動物だ。たぶん、かなりの恥ずかしがり屋なんだろう。
全く、グレースアは何も考えずにそういうことをするからな。行動力があるのは良いが、一歩間違えればノンデリのそれだ。後で注意をしておこう。
「これからよろしく頼む。私と要と一緒に戦ってくれる相棒として半ば無理矢理になってしまうけれど」
「……貴女のことは要の中からいつも見てたから、よく知ってる。こちらこそ、よろしくお願いします」
とりあえず、これから一緒に戦う心強い仲間だ。挨拶くらいはしておかないとな。幸い、小雪さんも私のことを一応知っているらしい。打ち解けるのもそう難しくは無いだろう。
「さてさて、無事二人とも試練を突破としたというで、早速修行しようか」
なんてゆったりと雰囲気になりかけたのも束の間。完全に待ちきれなくなった戦闘狂が私の肩を掴んで離さない。
叫んで逃げそうになったのは当然のことだと思う。
こうして私達は時間一杯、悠さんにボコボコにされることになる。あの人ヤバいって。




