地獄から帰って来た者
「それにしても、凄いな。時間が経つごとに冷気が強まっている気がする」
「実際そうだろうな。雪女は雪山を依り代にした妖怪だ。つまり雪山そのもの。力を強めれば強めたぶんだけ雪山が荒れるみたいなもんさ。並みの生き物ならそれだけで氷漬けだ」
八千代さんはそんな中で要を抑え込んでいるのか。それだけでとんでもない実力者だというのは確定だ。
私があの結界の中に入ったら一瞬で氷漬けだろう。あれを耐えきる術を私は持たない。あの吹雪の暴風すら、要の能力の一部だろうからな。
「どうします?別室で休んでも構いませんよ」
「いや、ここにいる。相棒の戦いを見守らないって選択肢は私の中ではナンセンスだ」
別室で休むことを提案されたが、断る。この結果を見守らないわけにはいかない。負けることは無いと信じているが、もしもはどんな時でもある。
その時はこの結界が破られるか、要が魂をリセットされるか。どちらかはされるハズだ。そうなった時は私も共にしよう。
「そう言うと思ったぜ。ま、俺の見立てなら要は大丈夫だと思うぞ」
「そういう根拠のない適当なこと言わないの。でも、仲間なら信じてあげないとね」
床に座り込んで要を待つ私を見て、郁斗さんと悠さんは頬を緩めながらそれぞれ近くの椅子に腰かける。
いざという時には要を抑え込むのに手を貸してくれるのだろう。私も出来るだけ力になれるように体力を少しでも回復させておかないとな。
「そうだ千草。この間にいくつか話しておくことがある」
「話しておくこと、ですか?」
「あぁ、俺達の敵についてだ」
敵、と言われて背筋を伸ばす。かなり重要な話なのは間違いない。ただ、少し遠回しな言い方なのが気になる。
ショルシエや『獣の王』という言い回し以外は今まであまり聞いてこなかったから違和感がある。
そうわざわざ言い直すからには何か重要な話なんだろう。
「俺達の敵とお前達が戦っている『獣の王』。その裏で糸を引いている存在は同じだからな。幾つか共有出来る情報があるだろうよ」
「ショルシエの裏にもまだ何かいるのですか?!」
衝撃の事実に思わず声を荒げる。これ以上があるのだとしたら洒落にならん。ショルシエですら末端だというのなら、その先にどんな敵がいるのか。
恐ろしい。私達でどうにかなるものなのかも想像できないでいると悠さんから落ち着くように諭される。
「話は最後まで聞け。お前たちは『獣の王』を倒せば何の問題も無いからな」
「そうなのですか?」
「あぁ、隣り合っていない世界を超えるなんて、それこそ神同士の取引が無い限りほぼ無理だからな。仮に送り込めたとしてもそこまで強大な力を持った奴を送り込むのは難しい。だから大体侵略しようとしている世界で自分達の手先を造り上げるんだ」
「私達の敵もそうだったの。あなた達の敵、『獣の王』も同じよ」
なるほど、難しい。が、ようは大き過ぎる車は路地裏の細道を通れないとかそういうことなんだろうな。
世界同士を繋ぐパイプのようなものの太さは決まっていて、そこを通れる力の大きさも当然決まっている。
ここを通れるほどの力では世界をどうこう出来る力は無い。だがパイプを抜けた先なら話は別という事だ。
「概ね、その表現は合ってる。つっても俺らも師匠からの又聞きだから正しいかはわからんがな」
「あの人達くらいだからね。世界と世界を好き勝手に行き来出来る神様なんて」
一体、2人の師匠という神はどういう存在なのだろうか。本来行き来出来ない異世界間を自由自在に移動できる特権。
権能というのだったか?神の力を表現する時は。まぁ、だからと言って何が変わる訳でもないんだが。
「あの方々には数多の世界が救われています。いわば世界のウィルスバスターがあの方々なのです」
ウィルスバスターか。そう言えば雛森さんが世界をコンピューターに例えている時があったな。そういう考え方が概ね正解に近い形で実際のありとあらゆる世界は存在するということか。
と理解したフリをしてもスケールがデカすぎて実際はさっぱりだがな。




