地獄から帰って来た者
「よう、おつかれさん。どうだったよ?」
自分自身のルーツであるらしい『鞍馬の大天狗』との戦いを終えて、ヘトヘトな状態で地上に戻ると、様子を見ていた郁斗さんが声をかけて来る。
「どうもこうもないですよ。疲れました」
「だろうな。でもまぁ、お前のはまだ話が通じる方だったぜ。俺の時なんて本気で殺されそうになったからな」
「いや、私も割と殺されるかと思いましたけど」
あのジジイは隙があれば普通に私を殺しに来ていた。それは事実だ。軽妙な口調と雰囲気がそれを感じさせにくい部分はあっただろうが、露骨な隙を見せれば確実に殺すつもりの太刀筋だった。
人と比べてどうもこうも言うことではそもそも無いだろう。それはそれとして、鬼を相手どっただろう郁斗さんの戦いはより苛烈だっただろうことは何となく想像もつくが。
「あの爺さんは優しかったよ。お前が何を必要としてて、自分がどうすればいいのかをすぐに理解してた。あの人はお前の為に身体を張ってくれたんだぜ」
「……それは何となく察してはいました。殺すだけなら初手から殺せたハズですから」
戦いの中で最初の方の私と、後半の私の動きはまるで違っていたと思う。それくらい、あの戦いの中で洗練されたことを私自身が実感できる程には変化を感じられた。
それを可能にしてくれたのは、間違いなくあの天狗ジジイのおかげだ。
最初から、あの爺さんは私を育てるつもりだったんだろう。それはそれとして、不甲斐なかったのなら叩き斬るつもりでいたのも事実だが。
「私は師に恵まれていますね。誰か一人でも欠けていたら、今、ここに私は立っていない」
「一理あるな。だが、それだけお前の才能が輝かしいってこった。人望だよ、人望」
「イマイチ実感はしかねますが」
「相変わらず絶妙に自己肯定感が低いな。もっと胸張れ。お前は物語の主人公をやれるだけのスペックは持ってるんだぜ?」
物語の主人公、か。それこそ、その枠は真白か朱莉だと思うがな。だが、それくらいの心持ちでいた方が良いこともあるのは分かっている。
心が強い奴は強い。戦いの中でここ一番の強さを出せるヤツだからな。
普段からそうやっていろってことだろう。私も戦いになれば強気になれるんだが、どうにもそれ以外がな。
……あぁ、こういう部分が根本で戦うことを好んでいるってことか。成程、合点がいく。
1人で天狗ジジイに指摘された自分自身が持つ本能的な悪性だという戦いそのものを好む、という事を再認識する。
確かにこう思い返すと私は何かと戦いのことばかりを考えていた気がする。それが当たり前だと思っていたが、現代社会で戦う事ばかりを考えている野蛮や輩などそうそういないだろう。
いくら魔法少女でも、それ以外のことを優先できるなら優先する。私はそうじゃなく、優先して戦いを選んでいた。
使命感だと勘違いしていたが、そういう部分も多かったんだろうな。
「お疲れ様です。よくぞ試練を達成されました」
「これでルーツの力を手に入れるための試練は終わりなのか?」
「えぇ、調伏したことで魂の力を引き出すことが可能になりました。私からの試練はこれで終わりです」
そうやって思い返していると閻魔大王からも声をかけられる。どうやら、これでルーツの力を手に入れる試練は終わりらしい。
終わってみれば随分と短い時間での決着だった。実際には何時間戦っていたのかは分からないがな。
体感では30分だが、大抵こういう時は5時間くらい戦っている。集中している時と言うのはそういうものだろう?
数時間の戦闘だが、得られたモノは多い。技術的にも成長し、新たな力を手に入れられたのなら一石二鳥どころではないな。
そこまで考えて、閻魔大王の言い回しに引っ掛かりを覚える。『私の試練』……?
「さあて、次は力の使い方だよ。しっかり、みっちり、仕込んであげる」
「……え」
ニコニコと笑って肩に置いた手を離さないのは悠さんだ。なんだか、猛烈に嫌な予感がする。さっきまでの死闘がまるで子供の遊びだとでもいうような気配だ。
バッと郁斗さんの方を見るとサムズアップしたあとに死ぬなよ、と言われた。
「久々に、骨のある戦いが出来そうで楽しみだよ」
「……お手柔らかに、お願いします」
この後、本気で死ぬかと思わされることがその日のうちに更新され、私の中ではトラウマ級の出来事として生涯刻まれることになった。




