地獄から帰って来た者
突如として始まった空中戦。翼をひと打ちして飛び上がり、先に飛んでいた天狗ジジイに肉薄する。
すれ違いざまに放った一閃は火花を散らしながらぶつかり合い、地上での鍔迫り合いとはまた違った様相となる。
脚で踏ん張れる地上戦は鍔競り合いが多く、種族としての能力差が如実に表れていた。
人間と天狗では持っている身体ポテンシャルが違い過ぎる。こちらが魔法少女だとしても、妖怪である天狗の身体能力は魔法で強化し、そして身体強化魔法に特化した魔法少女がようやく互角に戦えるレベルだろう。
私達の中でいうならクルボレレがそれだ。それと同等の能力を強化無しで行えるという強みをどちらかと言えば全て平均的か、平均以下だろう人間と言う種族で比べられれば不利なのは当然人間だ。
それは本来、空中戦になれば俄然その差が広まるものだ。魔法少女でも飛行能力を有する者は非常に希少であり、軒並み航空機を護衛する仕事に従事することが大半になるくらいには常に高いニーズがある。
「まさか飛べるとはのう!!」
「悪いな、私はこっちの方が主戦場だ!!」
いくら私のルーツである存在とは言え、私のことを知っている訳ではない。魂や本質が同じと言うだけで、記憶や自己は別人だ。天狗ジジイ言えど、私も条件さえ満たせば飛行能力を持っていることは予想外だったらしい。
閻魔大王に取り上げられた『鷹』のメモリーではあるが、その閻魔大王も何も口出しはして来ない。
理屈は分からんがOKという事で使わせてもらう。あとでやっぱり駄目でしたなんて言われてもこっちは一歩も譲歩する気はないからな。
「本気でやらせてもらう――!!」
地上戦も出来ないわけではないが、私はもっぱら戦うとなれば空中戦が主だった。
思い返せば『鷹』のメモリーとの付き合いも長くなったものだ。最初こそ凶暴な魔獣として現れ、まだまだ未熟だったシャイニールビーに重傷を負わせるなど、私達にも因縁深い相手でもある訳だが、ここまで長い間使い込めば愛着というのも湧いて来る。
共に戦い続けたからこその妙な絆というか、信頼関係のようなものは確かに感じているんだ。最初の頃より明らかに今の方が能力を引き出し切れている。
その能力は今、更に一段階上へと引き上げられていることを、私は直感で感じ取っていた。
「――はっ!!」
一瞬だけ翼を片方だけ大きく広げ、急旋回。生まれた遠心力で身を投げ出すように飛んで、またすれ違いざまに一閃。
翼を今度は両方広げて空中で急ブレーキ。自分の風魔法で作った気流に素早く乗って急上昇をすると上下逆さまになりながら宙返りしてさらに一閃。
「ぐおおっ?!」
その一閃に遅れるように細かな風の刃が天狗ジジイを襲う。遅効性のある攻撃と言うのは厄介だ。防御したと思って油断したところに追撃が入るからな。
単純に技術がいるのと、見切られてしまっては何の意味も無いこと。半端な威力でもやはり意味が薄いことと、ただやれば良いというものではないのがその難しさの所以なのだが、今ならそれを有効に活用できる。
明らかに、飛行のスピードと旋回能力。いや、それらを含めた全体の飛行能力が上がっている。
正直ワケが分からん。何をしたでもないのにここまで急激に変わったことがあったことは無かった。
変化や成長と言うのは緩やかだからだ。ブレイクスルーにより、急激に伸びたように感じることはあっても、それはコツを掴んだというだけであって元々あったポテンシャルなだけ。
だが、今は明らかに変化している。その変化が天狗ジジイを空中戦で圧倒しているのがその証拠のようなものだ。
「これが『獣性』……、か?」
生き物が必ず持つ本能。生きるための闘争心。それを自分からアプローチ出来るようになったことが『鷹』のメモリーの能力を更に引き出すための鍵だったのか?
わからん。わからんが、事実明らかな変化が起こっている。魔獣というからには人間よりは強い本能を持っているだろう。
それを引き出すには同じように本能に身を任せた戦い方の方が良い、という訳か?
「隙ありぃっ!!」
あれこれと考えている一瞬の隙に天狗ジジイが容赦なく攻撃を仕掛けて来る。身体を捻り、翼を畳んで落下することで致命的な一撃こそは避けるが、左太ももに強い痛みが奔った。




