地獄から帰って来た者
「考えるな!! 戦いとは辿り辿れば獣同士の狩りと縄張り争いに過ぎん!!」
一瞬だけ反応が遅れた私の頬に赤い筋が奔る。深くは切れていない、表面だけで大した怪我にはならない。
ひりひりとした痛みと流れ出る血が頬を伝う感触。それらを全部無視して、防いだ攻撃にすぐさまカウンターを狙っていく。
「どれだけ技術が発展しようと!! どれだけ策を練る知性があっても!! 戦いの奥底にあるのは生命としての本能!! 生き抜くための闘争心!!」
次々に迫り来る斬撃を防いで防いで防ぎまくる。自然と集中出来ている感覚。前は極限の状況にならなきゃ至れなかったゾーンのようなものに、気が付けばいつでも突入できるようになっていた。
最小限の動きで、殆ど考えずにただただ手が動く、目にも止まらないハズの動きはいつの間にか目で追えるようになっている。
見えれば、そこに切っ先を置くだけでカウンターになる。それをちょっとずつ増やしていくだけで、こちらの攻撃の手数が自然と増えて来る。
「それを『獣性』、あるいは『獣の力』と奴らは呼んでいた」
最終的に完全に刀を捕らえ、弾き飛ばす。ふぅぅ、と深く息を吐いて構え直して、一旦集中を解く。
あまりにも天狗ジジイの話が気になり過ぎるし、アレは疲れる。自覚すると、どっと身体にのしかかって来た。
「私達の中にも、ソレがあるというのか? 『獣の王』の力と同じものが」
「逆じゃよ。私達が持っているものを不自然に凝縮したのが『獣の王』。生きとし生ける者、全てが持つ生きるための闘争心、本能の歪な塊。それがヤツの正体よ」
衝撃の事実、と言わざるを得ない。私達が持っている本能。それこそが『獣の王』、ショルシエの正体だと言うのだ。
明らかに異質な存在だろう。突然変異とかそういうレベルで説明出来るものなのか。それすら疑問だ。一体、ヤツは何者なのか。ますます謎は膨らむばかりだ。
「ヤツは本能だけが寄り集まった歪な獣。その首に刃を突き立てるには、こちらも極まり切った知の戦い、あるいは『同じ力』での攻撃が有用じゃ」
「……それを教えるってことか?」
「バカ言え、本能が教えられる訳がなかろう。本能とは引き出すもの、己の内にあるものじゃ」
それは確かにそうだ。教えるってことは技術で知識だ。本能とは真逆のモノ。誰かに習うものではなく、自分の中から引き出すモノ、か。
まるでルーツの力にも似たような話だな。だが、それよりも根源的なもっと原始的というか生き物としてのシステムに強く働きかけている、みたいな感じか。
「お主は頭で考えがちじゃが、その実は感性で戦うタイプじゃ。まぁ、近接戦闘のセンスとはそういうもんだがの。ごちゃごちゃ考えて、綺麗に戦うのを止めるだけで、お主はあっという間じゃよ」
「そういうもんか?」
「事実、お主は直感でそれを選んだ」
スッとまた天狗ジジイは構える。これ以上、お喋りの時間は無いってことか。また一段と雰囲気に鋭さが増す。
こちらも負けじと集中力を高めていく。地獄の熱さも、溶岩がボコボコと弾ける音も、遠くから聞こえる鬼たちの声も静かに消えていく。
戦い以外の余計な情報をシャットアウトするかのように、ただただ目の前の戦いに没頭する。
「良い。牛若丸もそうじゃったぞ。こちらが震えあがるような闘争心……!! ホントに素晴らしいな!! 才ある若者との手合わせは!!」
ギュンっと天狗ジジイの姿が消える。だが、何処に来るのかは分かる。一番防御しづらい、左後ろからの振り下ろし。
「巨木となりて空を割れ――。【楠】!!」
切っ先で地面に描いた円陣が樹木のように競り上がり、2人揃って空中に高く突き上げられる。
放りだされた私達はそれぞれ体勢を立て直し、着地の衝撃に備えるところだが、天狗のジジイはここに来て自身の背中に翼を生やし、飛び上がる。
飛ばれたとなると完全に私が不利だ。着地するまで完全な無防備。生憎、私の風の魔法は斬ることには向いていても、空中でどうこう出来るほど器用なことは出来ない。
ただし、答えは考えるより先に手元に来た。文字通り、飛んで手元にだ。
【Slot Absorber!! 『鷹』‼︎】
一回は取り上げられたが、勝手に戻って来たのなら文句を言われる筋合いは無いよな!!




