地獄から帰って来た者
「では早速試練といきましょう。準備は良いですか?」
要と一緒にこくりと頷く。どんな試練でも乗り越えて見せる。そのためにここに来たのだから、乗り越えられなければ意味は無い。
「分かりました。では開けた場所に移動しましょう」
「うおっ?!」
「わぁっ?!」
ぱちんと閻魔大王が指を鳴らした瞬間、身体が浮遊感に包まれ視界が暗転したと思ったら屋内にいたはずなのに外に出ている。
魔法じゃない。もっと違う別の何かによる複数人の同時転移。やはり神なのだと分からされる。
こんなこと、今の魔法少女の魔法の技術ではほぼ不可能だ。
妖精界ですら、決まった位置から位置までを移動するのが精一杯。神の権能、というやつか。私達では真似することも難しい能力を指を鳴らすだけで行使するとはな。
神の力の片鱗を垣間見せられたところで周囲を見回すと辺り一面はまさしく地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。
ごつごつとした黒い岩石だらけの地面にあちこちから噴き出す溶岩。その間を罪を犯した者の魂が通り、鬼たちがそれを管理しているのが見える。
「ここが地獄……」
「正確には灼熱地獄と言います。オーソドックスなタイプの地獄ですね」
まさに地獄。八千代さんが言うには灼熱地獄と言う地獄としてはよくあるタイプの地獄らしい。
幾つか地獄にも種類があるとは聞いているがこれが普通と言われるとやはり地獄は恐ろしい。溶岩で沸いた湯の中に罪人の魂たちが突き落とされているさまはまさに典型的な地獄だ。
「しっかし暑いな……」
「千草ぁ、融けそう~~~~」
「ん? おわあああぁぁぁぁっ?!!?」
溶岩から来る熱気に思わず汗を拭うと要の情けない声が聞こえて、振り向き、私も絶叫する。
そこには身体の表面が融け出している要の姿があったのだ。親友が融け始めていたら誰だって絶叫する。
「あ、やっべ」
「閻魔大王~、雪女にはここはキツイよ」
「おっとこれは失礼。八千代、お世話を頼みます」
焦る郁斗さんと冷静に閻魔大王に素早く声をかけてくれる悠さん。それを聞いて閻魔大王も慌ててまた指を鳴らすと要と八千代さんの姿が消える。肝が冷えるとはこの事だ。
そうか、雪女だから熱には弱いのか。
確かに人間界でも暑さにはめっぽう弱く、夏場は冷房の効いたところばかりにいたがこういう危険があるからだったのか。
そういうリスクケアを何気なくしっかりしていた要に感心するとともに、目の前で人が融けている姿を見た衝撃で心臓がバクバクと鳴っていた。
「大変申し訳ない。我々にとってはこのくらいはなんてことないもので」
「気を付けてください。こんなところで仲間を1人失いかけたらそれこそ笑い話にもならない」
「おっしゃる通りだ。どっちにしても貴女と彼女の試練の内容も違いますし、別々のところでお相手しましょう」
閻魔大王や鬼にとっては当たり前の環境だから失念していたとのことだが、気を付けて欲しいものだ。
神は人の気持ちがわからないだろう部分もあるだろうし、ある程度はこちらが飲み込むしかない部分もあるんだろうがだ。
「試練とは、閻魔大王と戦うという事で良いんですか?」
「いえいえ。私と貴女では戦ってもどうしようもありませんよ。貴女が戦うのは己です。少々、細かいところは違いますが」
「己、自身……?」
漫画やアニメでよく見るような自分のコピーやもう一人の自分と戦って己に打ち勝つ的なアレか?
確かに自分自身と戦うというのは良い訓練になると思った事はあるが、まさかそれをここですることになるとは。
そんな事を考えていた時、閻魔大王に突如として胸を貫かれる。痛みは無い、敵意も感じない。ただ、閻魔大王の右腕が私の胸に突き刺さっていた。血の一滴も垂れていない。痛みもないのに動くことも出来なかった。
「えぇ、貴女のルーツと戦ってもらいますよ」
そう言って引き抜かれた右腕からこぼれ落ちた何かが人の形をとるまでは一瞬のことだった。




