地獄から帰って来た者
「ともかく、既にそうなってしまっているそちらのお嬢さんはともかく、貴女も同じように魂に干渉しようとするのを、はいわかりましたと言うわけには行きませぬ」
やはり、そう簡単にはいかないか。閻魔大王は思っているよりも温厚な方ではあったが、それはそれというもの。
事故のようなカタチで起きてしまったイレギュラーと、これからルール違反をしますと宣言してる方では当然後者は認められない。
郁斗さんと私はそれだ。閻魔大王として、同じ事例を何回も許容するわけにもいかないのだ。
神が司るルールを易々と破られては世界は無秩序になってしまうのだから。
「では、どのようにすれば認めてもらえるでしょう」
「認める認めないではありませぬ。それを許すことがそもそもにあり得ない。それほどまでに魂に干渉するということはさまざまな危険を孕みます」
「……」
「……」
私から言って、閻魔大王の意思決定が変わることは無いだろう。
私のようなただの人間の意思を尊重するわけには絶対にいけない。それがルールを作る側の姿勢だ。
これ以上は私から提案しても埒が明かない。それなら、交渉出来る人に交渉してもらうだけだ。
チラリと郁斗さん達を見ると傍観に徹していた郁斗さんと悠さんが姿勢を起こし、閻魔大王に向き合う。
「世界の命運を左右することだ。前回の俺と同じだな」
「あの時と立場は変わりませんぞ。ダメなものはダメです」
「それで世界が滅んでも?」
「それとこれとは話が別。私の管轄は地獄と魂。世界を守護するのはまた別の神や役割を持った者達。その責任をこちらに求められても困りますな」
アレコレと郁斗さんと閻魔大王が攻防を繰り広げている。
色んな切り口から話を繰り広げる郁斗さんに対して、閻魔大王は理路整然とした論調と対応でなんなくかわして行く。
舌戦とはこういうことだ。私には口を挟む余地もない。ただ続く静かな戦いに私と要は緊張しながらそのいく末を見守っていた。
「一度あったことは二度あっても良いとは思うけどな。誰からかまわずやるわけじゃないんだ」
「一度あったから二度目は無いのです」
一進一退。いや、取り付く島もないの方が正しいか? それでも郁斗さんは諦める様子を見せないし、閻魔大王は主張を曲げるつもりはない様子。
延々と続くようにも見えるこの状況を変えたのは沈黙を続けていた悠さんだった。
「でもさ、閻魔大王。このままだとこの子達がいる時間軸の世界は滅茶苦茶になるのは確定だよ? それを見過ごすっていうのは管轄外とは言え、神の一柱が知らんぷりを決め込んで良いわけでもないじゃん?」
「とは言いましても、役割から逸脱したことを神が率先してやる訳にもいきませぬ」
「何も一つの解釈だけでやることはないじゃん。やりようは幾らでもあると思うけど? 敢えて言うなら天香さん風のやり方が」
そう言って悠さんがウィンクすると閻魔大王は露骨に嫌そうな顔をした。どうにも高位の神である天香という存在が閻魔大王にとってはあまり例に挙げて欲しくないような破天荒な神なのだろう。
理路整然、清廉潔白を体で表したかのような閻魔大王にとって、ルールの穴を率先して突いて行くような神は反りが合わなさそうだ。
「あの方のやり方が間違いだとは言いませんが、手段としては強引です。物事には段取りというものがあります」
「そんないつまでも面倒な案件には手を出さずにくだを巻いてるだけの政治家みたいな話してたら救える世界も救えなくなるよ。わかってる? こっちは既に実績があるんだよ?」
「それはそうですが……」
「試練でも加護でも契約でも手段があるのにやらないのなら怠慢だよね。地獄の裁判長が日和ってんじゃないよ」
まさかの悠さんの怒涛の捲し立てに聞いてるこちらの顔も青くなる。威圧感も完全に閻魔大王を圧倒していて、巨躯だろう閻魔大王がビビっているのが私から見てもわかったくらいだった。




