地獄から帰って来た者
「こっちの世界の俺は一般人に毛が生えた程度の力しか持ってなかったからな。世界で見ても魔獣被害の大きかった笠山じゃあまともに戦えたのは高嶺家の人達くらいだろう」
笠山という街は世界で見ても最も早く、そして甚大な魔獣被害が出た街の一つだ。そこで人知れず魔獣から人々を逃がしたという話がまことしやかに噂になっている。
世間では都市伝説レベルの眉唾物な話は現実であり、その生き残りが悠さんなんだろう。高嶺家と呼ばれる人たちが主に戦える力を持っていたのだろう。
それくらいが出来るのは悠さんの強さを実際に見ている私だからよく分かる。魂が持つ根源の力。ルーツの力を引き出した悠さんはその辺の魔法少女よりもよっぽど強い。
「という事はウチの使用人たちを逃がしたという人々の中に……」
「そっちの俺も混じってた。一般人よりかは多少は強いが、所詮はその程度だ。あっさり死んだだろうさ」
ただし、ルーツの力を十分に引き出せたのは悠さんだけだった。そうでなければ他の高嶺家の人々も残っているハズだ。
古い魔法を代々引き継いでいた高嶺家の人でさえ、人の領分から足を踏み出しているわけではない。
どれだけ優れた技術を持った人たちでも数の暴力には勝てなかったのは嫌というほど理解できる。
「笠山は前に言ったかは忘れたが竜脈と呼ばれる星に流れる魔力の通り道の上にある街だ。そういう立地だからか、笠山は人知れず古い種族の血筋を引いた人が多かったんだ」
「間家もそういう家系で?」
「あぁ、間は鬼と人間が交わった一族だ。地獄と現世の間の種族って意味だな」
成程、私達の世界の郁斗さんも鬼の力が少しだけは仕えた側だったと。だから多少の抵抗が出来てしまった。
その結果、命を落としてしまったわけだ。
「あっちの私も、今ここにいる私も郁斗とは親友の幼馴染でさ。家族も街も親友も失った私がまぁ、ラスボス化しないように監視してほしいって頼まれたのがこっちの郁斗ってわけ」
「ようはそっちの郁斗のフリをして、人外になった悠を安定させてくれって話さ。まあ、俺としても懸念するところがあってな。悠がラスボス化する可能性を可能な限り潰せる方が都合が良かったんだ」
「ラスボス化、ですか……」
「拠り所を失った怪物ほど怖いもんは無い。笠山に縛られるようにしてんのも、白状すれば俺と依頼主の差し金だ」
それほどまでに悠さんは不安定な存在なのか……。私にはそうは見えなかったが、本質は脆く、不安定で状況によって善にも悪にも転がる。
……考えたくもないが、悪に転がった悠さんも存在しているのだろう。そして、きっと目の前の2人はそれをよく知っている。
それ以上は深入りする必要はないだろう。つまるところ、私達の世界の悠さんを安定させ、世界の敵のような状態にしないために郁斗さんは別世界線からわざわざ派遣されて来ている。
それだけ理解すれば十分だ。私達には関係のない、知る必要はないことだ。わざわざ他人の領分に土足で踏み入ることはない。
「では、それを依頼した人物というのが」
「察しが良いな。最初に言った通り、その依頼主ってのが『閻魔大王』。今回、お前達が説得しなきゃいけない地獄の管理者だ」
ここで大物の登場、という訳だ。私でも名前くらいは知っている『閻魔大王』。地獄の裁判長。
空想の産物だとばかり思っていた存在が実在すると言われれば疑いたくなる気持ちもあるが、私達自身がこうして地獄にいるわけで今さらその存在に疑いの余地は無い。
ただし、口にはするがそれが実在する実感というものはない。本来、生身で出会うことは無いのだから当然だが。
「悠と悠についてはこんなもんだろ。なんだかんだ長々と話しちまったな」
「まぁ、仕方がないよ。これでもかいつまんで話してるんだよ? おかげでちんぷんかんぷんだろうけど、これで我慢してね」
両手を合わせてごめんね~、と謝る悠さん。確かに細かいところに疑問は山ほどあるのだが、やはり追及しても仕方がない。私達には関りの無い領分の話だと自分に言い聞かせた方がお互いのためだ。
「最後に一つ。では悠さんがわざわざ私達に合流した理由は?」
最も疑問なのはこれだ。そもそも悠さんと私達を引き合わせなければこんなややこしい話にはなってない。
それでもそうしなきゃならない理由というのがあるのだろうか?
「簡単だ。あの閻魔大王は悠に頭が上がらないからだ」
あんまりな理由にずっこけた。それで良いのか、地獄の管理者。




