獣の正体
「ごめんなさい。私がもっと早く来ていれば、貴方の足は治ったかもしれないのに」
可能性は十分あっただろう。治癒魔法と外科手術の合わせ技になるけど、足を元通りに動かせるかはまだしも失うという最悪は避けられた。
私が個人的な事情で現実から目を背けている間に、私は救えるものを取りこぼした。
医療人として、最低最悪の所業だ。2度と医療人を名乗る資格すら無いとまで考える。
「それは難しかったかも知れません。私の足は引きちぎられたあと、瓦礫の中に埋もれてしまいましたから。今頃、ぺしゃんこに潰れてしまっていることでしょう」
治療を受けているレジスタンス団員は冗談っぽくそう言うが、笑えない話だ。
同僚に足をちぎられたとなれば、その恐怖と痛みはどれほどだったか。
身体中生傷だらけでもある。きっと激しく抵抗したのだろう。肋も数本ヒビが入っている。
そちらも治癒魔法で回復させていると彼は更に口を開く。
「それに、団長と姫様のことについても聞いています。団長が姫様に襲いかかった、と」
「……そう。もうそんなに噂になっているのね」
「不躾で申し訳ありません。しかし、それを考えれば姫様のお心はさぞ苦しかったことかと察し余りあります。私達のような者達のために心を鬼にして来てくれたこと、それだけで私どもとしては心が休まる思いです」
そう、彼は私のことを庇ってくれた。こんなにも良くしてくれる人達を私は1週間も放っておいたのか。
パッシオとのこともすっかり噂になっているようだ。打倒帝国と『災厄の魔女』を掲げるレジスタンスの団長が、ミルディース王国の王族に連なる者に牙を向いた。
そう知れ渡れば、種族間の断裂。その溝は更に深まって行くことだろう。
もうこれを元に戻すことは出来ないのかもしれない。
「それに、団長が必ず姫様が私達を治療してくれると励ましてくれました。そしてその通り来てくれた。流石はおふたりの信頼関係ですよ」
「え?」
パッシオが励まして行った?どういうこと?彼が妖精達を引き連れてここから離れたことは知っている。
街からは出ているだろう。少なくとも彼から私へのコミュニケーションは1週間前が最後だ。
そのパッシオが何故にこの患者の男性と会話をしているのかがシンプルに疑問だった。
「団長は街にいる妖精を説得して、街を一緒に離れることにしたと言っていました。嫌がる妖精も勿論いましたが、団長達は一人ずつ説得して妖精達を全員連れて行ったんです」
「全員……!?」
言われて気が付く。確かに目に入って来る人々は人間か獣人、魔族、亜人の人達ばかりで妖精の姿がひとつも見当たらない。
妖精を伴って旧王都を去ったことは聞いていたけど妖精全員を連れて行くなんてその数はとんでもない人数になる。
旧王都サンティエの総人口は約2万と少しだと聞いている。
人間界の人口と比べると随分と少ない印象だが、そもそも元々の総人口の違いと魔獣被害による人口の過密集の影響がある人間界と、多種多様な種族がそれぞれに適した小規模な村や里を持ち。
その中で流通の要所やはぐれ者達が集まって都市化して行ったことが多い妖精界では事情が違う。
そんな比較的人間界に比べれば少ない都市人口でも、種族丸ごととなるとゆうに1000人は超えてくる。
妖精は種族の中でも母数の多い種だ。ざっくり見積もっても2000人を連れ立って、パッシオはサンティエを離れたというのだ。
これは驚愕を通り越してもはや唖然とする。私なら無理だと判断する数だ。
無茶苦茶が過ぎる。
「凄いですよね。それに、団長が説得したのは妖精だけじゃない。僕ら他の種族の人たちにも説得をしていったんです」
数千規模の人数をこの短期間で説得し、移動させるとんでもないことをしていたパッシオは更に別なこともしていた。
それを聞き、私は改めてパッシオという存在がどれだけの影響力を持ち、レジスタンス団長として尽力して来たのかを理解することになる。




