獣の正体
「状況は最悪、と言わざるを得んな」
ブローディア城の会議室。私達魔法少女と王族を集めて緊急の集会が開かれたのは『千夜祭』の1週間後の夜になってからだった。
この一週間であがって来た被害だけでも数え切るのがバカらしい。都市や街の損害、怪我人。そして死者。
妖精界全体を襲った大災害と言って何の遜色も無いのは現時点ですら間違えようがない。
【世界中で起きた、妖精の暴走事件。世間では原因不明とされていますけど、実際のところは……】
「ショルシエの仕業、ってことで良いのよね?」
【得た情報と状況を見るに、確定でしょう。信じたくない話ですが】
スフィア公国に滞在している紫ちゃんの言葉に皆、一斉に黙り込む。妖精が今まで謎に包まれていた『獣の王』の配下そのものである、という現実が私達に重くのしかかって来ているのだ。
【……確かに、文献を読み込んでいく上で違和感を感じたことはあったんです。とても古い文献には『獣』という敵が存在し、多種多様な種族がそれに抗っていました】
同じく、現在はスフィア公国に滞在しているスタン王弟。趣味で考古学に通じていて、各地の遺跡に実際に足を運び、研究をしていたという変わり者だ。
そんな彼の言葉に耳を傾けると、確かにその兆候というかヒントはあったのだ。
【それが『獣の王』との戦いが終わった後、『獣』という単語は文献内には見られなくなり、入れ替わるようにして『妖精』という言葉が登場します】
「それまでは出てなかった、ということか?」
【はい。少なくとも僕の知る限りでは『獣』と『妖精』が同時期の文献で併記されているのを見たことがないです。これが示すところは恐らく、王が不在となって取り残された『獣』達が当時の種族達と融和し、帰化するような感じで種族の一つとして取り込まれたのではないかと考えます】
太古の時代、『獣の王』を撃退した当時の妖精界の住民達は残された『獣』を排除するのではなく、受け入れた。
そしてその名称を敵の名前だった『獣』ではなく、『妖精』と改めた。
確かにそれであるなら筋は通る、か。今の妖精達はその末裔。つまるところ『獣の王』の配下の子孫達。
『獣の王』は配下達に強い命令権を持ち、配下である『獣』達はそれに逆らうことが出来ない。それが現代になって引き起こされたのが、先日の妖精暴走事件の真実、ということになる。
「事実だとしたら、大変ね。身内に敵がいるなんてわかった日には世界中が大パニックよ」
「既に種族間の諍いが起き始めている。手を打たなければ妖精界は太古の時代に逆戻り、だな」
【それがショルシエの狙いでしょう。今になって直接の干渉をしてきたことも、なぜ今までその能力を使わなかったのかもわかりませんが、アレに道理を求めても無意味なのは昔から変わりません】
一番の問題はこの事件によって発生した種族間の分断だった。妖精だけは暴走したことは既に市井の中で広まっており、民衆の間ではまた妖精が暴走するんじゃないかという噂が広まって来ている。
妖精からしても自分達の意思でどうこう出来るものではないため、言い訳も反論も難しく。何故か暴れて周辺の物や人を傷つけた罪の意識はそう簡単に拭いきれるものではない。
妖精が欲に忠実で自己中心的な傾向のある種族だというのも今考えれば『獣』の名残りということなのだろう。
他にも気が付いていないだけでヒントは沢山あったのだろう。ただ、私達はそれに気が付くことが出来ずにここまで来てしまった。
結果としては、最悪だ。敵は殆ど労することなくこちらの分断に成功しており、こちらはその被害と対策に力を割かざるを得ない状況にある。
かと言って即効性のある対策を打つのは難しい。人間界の人種間の軋轢と同じように時間が解決してくれるようなものでも無ければ、逆に時間をかければかける程に状況は悪化する。
だというのに決定的な解決策はほぼない。だから今日まで解決していないのだ。
時間が経てば経つほど妖精に対する風当たりは強くなっていく。これを解決する糸口が無ければ、私達は負けるだろう。
その現実が重く私達にのしかかる。どうすればいいのか、誰も分からなかった。少なくとも私には到底何も思い浮かばなかった。




