千夜祭
「「おおおぉぉぉぉっ!!」」
振り下ろした巨大な拳とそれを受け止めようとするスライム状の障壁がぶつかり合う。
ぶにゅりとした感触が右手を包み込んで巨体から生み出されたエネルギーを受け止めようとしてくる。私も負ける気はない。障壁をぶち抜くつもりでさらに力を込めていく。
「あああああああっ!!」
実際、ぶち抜いて見せた。
「この土壇場で、一体どこからそんな馬鹿力が……!!」
悪態を吐きながら地面に突き刺さる拳とそこから飛び散る瓦礫を避けるために退くファルベガを逃さない。
追いかけるように左の拳をファルベガへと照準を合わせる。
「……!!」
「二度も三度も同じことをやらせるわけないでしょ!!」
振り抜こうとした左腕がぐっと動かなくなる。スライム状の障壁が絡まるように左腕に巻き付いていて動きの出だしを止められていた。
力を込めて動き出す前の動作を潰されると人の身体は動かすのが難しい。舌打ちをしながら絡みついた障壁を無理矢理引き剥がして逃げるファルベガを追う。
一歩は大きいけど、身体が巨大化したせいで全体の動き自体は緩慢になっている。小回りの利くファルベガが逃げの一手を打ち続けると対処のしようがなくなって埒が明かない。
だったら、と思考を切り替える。巨大な身体の最大の利点はその質量が生み出すパワーだけど、一旦それは捨てて魔法で対処する。
ボール状に固めた光属性の魔力をファルベガ目掛けて無造作に投げる。剛速球ではないけど走って殴るよりはよっぽど早い。
直撃はしなくていい。着弾して弾けた魔法がファルベガを飲み込んだのを見届けると次はサフィーリアさんへと標的を変更しようとして、今度は私が殴り飛ばされる。
「うぐっ!?」
「大きくなったのは身体だけですか?」
私のことを吹き飛ばしたのは改良型の『隷属紋』で操られているだろう『激流の魔法少女 アズール』さんだった。
戦いが始まった最初の方で上手く引き剥がして、『隷属紋』最大の欠点である指示がないと動くことが出来ない事を利用したんだけど。
頭に血が上り過ぎたのか、はたまた新しい力に調子に乗ったか。私はファルベガを相手にするのに集中し過ぎて、相手の最大戦力を復帰させるという大ポカをやらかしたことに今さらになって気が付く。
「……」
「アズール、さん……」
虚ろな目で私を見上げるアズールさん。魔法少女の衣装の隙間から見える素肌からは伝えられている『隷属紋』の特徴である縛り付けるかのような印象を持つ魔法陣が刻まれている。
これがある限り、私に勝ち目は無いって言うのに。
自分自身の大失態に舌打ちをしながら、起き上がろうと身体を動かすも起き上がれない。魔法で拘束されているのかと思ったけどそうじゃない。
私の身体がここに来て限界を迎えていることにも気付かされる。そのうえ、魔力ももう底をつきかけていた。
「その姿、どうやら燃費が悪いみたいですね。これで完全に貴女達の勝ちは消え失せました」
ふふふと満足げに笑うサフィーリアさんを睨むことも難しい。悔しさで歯ぎしりをしている間にも巨大化していた身体はみるみると縮んでいき、あっという間にいつもの私の姿へと戻ってしまっていた。
当たり前のように変身が解けているあたり、本当に限界だ。痛みと疲労で指一本動かすことも難しいことを自覚すると、その事実が重石のように全身を地面へと圧しつけているかのようだった。
「くっ、そ……!!」
「手間取らせてくれましたね」
今度こそ起き上がるだけの力も湧き上がらなかった。動け、動けと願っても手足はまるで糸の切れた操り人形みたいにピクリとも動いちゃくれない。
こんなところで、また私は友達を失うのか。
やっと一緒に歩ける人達を見つけたのに、対等だと思っていた友達に出会えたと思ったのに。
「決着ね。アンタのその意地汚さだけは評価してあげる」
ボロボロになったファルベガも姿を現して、地面でもがくことも出来ていない私を見下ろしている。
やっと出来た友達だと思っていた。やっと出来た居場所だと思ってた。
こんなのってあんまりだ。悲しくて、悔しくて涙が出る。
顔色をうかがいながら、自分に仮面をかけ続けた人間界での生活より、ずっとずっと色鮮やかな世界は残酷なまでに私に牙を剥こうとしている。
「……ごめん」
リュミー、ピリア、サフィーリアさん、碧さん、真白さん、パッシオさん。番長。他にもたくさんいる。
こっちに来て私に良くしてくれた人達に申し訳がなくて、つい口をついて出て来たのは謝罪の言葉だった。
ピリアのことをよく知りもしないで友達ヅラしてたのも鬱陶しかったんだろうな。
サフィーリアさんのこと、もっと知ってればこんなことにはならなかったのかな。
そんなことも頭によぎる。
「死になさい!!」
『隷属紋』に操られたアズールさんの巨斧がサフィーリアさんの命令で私に向けて振り上げられる。振り下ろせば、私はあっさり死ぬ。
「……っ!!」
ファルベガ。ううん、ピリアの表情が一瞬だけ変わったのをぼんやりと眺めながら、私は振り下ろされるだけの巨斧を待った。




