千夜祭
「――げほっ、ごほっごほ」
咳き込みながら何とか身体を起こす。それだけで全身に痛みがはしって顔をしかめるくらいボロボロだ。
元いた場所からは100m近く押し流されたと思う。むしろ、よくこの程度で済んだと思う。
サフィーリアさんの放ったヘドロの津波のような無差別で広範囲の魔法によって、小さな建物とか街路樹とか、いろんな物が押し流れて原型をとどめていないのも多い。
「みんな、大丈夫?」
「なん、とか……」
「全身ボロボロだけどな」
誤魔化し程度の防御もやるとやらないとではやっぱり違うみたいだ。少なくとも、全滅という最悪の結果は避けられた。
何もしていなかったらヘドロの中で溺死するか、押し流されて来た瓦礫に全身を粉々にされるか、そのどちらかになっていたハズだし。
ただし、その時命拾いしただけだ。シルトの盾も私の光の障壁もほんの少ししか持ちこたえることは出来なかった。
その少しが致命的なモノを避けたんだろうけど、それだけ。
ズキズキと痛む身体はとてもじゃないけど戦えるような状態じゃない。
「あら、生きていたんですか。随分としぶといんですね」
「運だけは良くてさ。じゃないとここまで来れてないよ」
「運も実力のうち、ですか。ホント、羨ましいです。やはり、私には持っていないモノを持っているんですね」
巨体をくねらせながら近づいて来たサフィーリアさんは私達が生きていたことに賛辞を贈る。
さっきまでの悦に浸っている様子から一転して落ち着いたいつもの様子。怒ってみたあと喜んでみたり、落ち着いてみたり情緒が不安定だ。
『ビーストメモリー』によってそういう感情の抑制のためのタガとかも緩んでいるのかも。
感情をコントロールしないってことは欲望に忠実ってことだし、そういう効果はありそうだよね。
「考え事ですか? その余裕も才能を持つ者の証ですか?」
「……だったら、どうする?」
僻みからくる嫌味に強気な態度で返すと尾びれを使った殴打で吹き飛ばされる。地面を転がるどころか濁流で運ばれて来た瓦礫の山の中まで突き刺さるくらいの威力。
衝撃と痛み、肺の中の空気が無理矢理押し出されて意識が飛びそうになる。
「ふふふ、変身が解けちゃいましたね。これで貴女を守るモノは何も無いです」
覗き込むように近付いて来たサフィーリアの言葉で自分の変身が解けていることに気が付く。
そんな簡単なことにも気が付かないくらい身体の感覚がマヒしているし、状況を認識するだけの余裕が無いんだと自覚させられている。
どう考えてもピンチだ。しかも命の危機。冷静なつもりだけど頭が回っているんだか回っていないんだか。
なんにしたって打開策なんてどう足掻いてもありもしない。
指先一本も動かせない。味方の援護も、増援も無理。まぁ、土台元々から無理だとわかっていて始まった戦いだ。
善戦はしただろうけど、時間稼ぎをしたくらいかな。単純な戦力だけで考えれば時間稼ぎを出来ただけ凄い事だと思うけど、悔しいなと素直に思う。
「大、将!!」
「ルミナス……!!」
ブラザーメモリーもシルトメモリーも私と同じように動けない。特にシルトメモリーは私達を守るための盾でヘドロの濁流を受け止める無茶をしている。立ち上がることも難しいくらいのダメージで変身も解けてしまっていた。
「大将から離れ――。ぐっ?!」
唯一変身したままのブラザーメモリーが無理に割って入ろうとすると、同じようにブラザーメモリーも尾びれで殴り飛ばされる。
たったそれだけであっけなくノックアウトされてしまい、彼も変身が解けてしまい意識も失っているみたいだ。
「これで、完全にお終いですね」
「……」
完全な詰み。どうにもならない。諦めるしかないと理解するしかない。絶望的な状況。
でも、それでも私はサフィーリアさんを睨み返す。負けたことを認めてなんてやるもんか。負けて諦めている顔を見たいんだろうけど、そんなの見せてやらない。
せめてもの最後の抵抗。
「趣味が悪いわね。一般兵をいたぶって遊んでるなんて」
「貴女こそ、少々仕事をサボり過ぎでは? ファルベガ」
だけど、私はその最後の抵抗をする余裕すら奪われるらしい。嫌なことは連続するなんて言うけれど、今回ばかりはそれを理解するのも脳が拒んでいる。
「ピリ、ア……?」
どうして、私の目の前に妖精界で出来た友人が現れたのか。本当に、理解したくなかった。




