千夜祭
何が起こったのかは誰も理解出来ていなかった。パッシオに何かをしようとしたベンデは苦悶と驚愕の表情を、私は混乱と警戒を、そしてパッシオは笑みにも見える顔をそれぞれしていたように思う。
「――ああぎゃあぁああぁぁっ?!!?」
驚きと何が起こったのかの理解が遅れていたベンデは数舜遅れて絶叫を上げる。掲げていたハズの右腕は完全に炭化しており、腕としての機能を完全に失っている。
あれでは治癒魔法で回復することは不可能だ。回復と治癒とかそういう以前の問題で失ったものを再生させることは魔法でも基本的には無理なのだ。
「お、まえぇ!!私が力を与え、その獣性を解き放ってやろうとーーッ!?」
炭化した右腕を抑えながら、自らを焼いたパッシオを睨み付けようと振り返るベンデ。
しかしそれが悪手だった。彼女がすべきは撤退だったのだ。
少なくとも、至近距離でパッシオと真正面から相対すべきではなかった。
そこは、彼が最も得意とする射程圏内なのだから。
「ぎゃあぁぁぁぁあぁぁっ?!?!」
再びベンデの悲鳴が上がる。パッシオの灼熱の炎を纏う尾にベンデの尾が切り落とされたのだ。
妖精にとって力の象徴である尾を切り落とされたとなれば、その尾の数を誇っている様子もあったベンデからすれば大事件だろう。
5本あった尾は3本も切り落とされ、ベンデに残っているのは2本だけ。
切られたベンデは痛みでのたうち回るように地面に転がっているが、パッシオはそれには目もくれず、切り落とされた尾と焼き焦がした右腕。
そこから落ちたメモリーに似た何かのもとへと足を向けていた。
「……?! ダメ、パッシオ!!」
そして彼が何をしようとしているのか気がついた時にはもう遅い。
パッシオは仕留めた獲物を貪る肉食獣のように切り落とした尾とメモリーに似た何かに喰らい付いた。
そのまま咀嚼音と共にパッシオの喉を噛み砕かれた尾とメモリーに似た謎の物体が通って行くのを私は見る事しか出来ない。
安全のために取った距離と変身しきれていたいこの状態がまたもや足を引っ張っていた。
けど悪態をついてる暇なんて与えられない。
「くくく……。あははは!!!!」
尾を切り落とされ、のたうち回っていたハズのベンデは痛みを堪え、顔をしかめながらも高笑いを上げる。
その視線の先にあるのはベンデの尾とメモリーに似た何かを喰らったパッシオ。
「ゴオアァァァアァァァッ!!!!」
猛獣のような咆哮を上げた彼の身には変化が起こる。
白をベースに赤で彩られた美しい毛並みは濁り、黒や紫といった禍々しさを感じさせる色が混ざる。
周囲に漂っていた紅蓮の火の粉も濁った色になり、美しさを感じたそれから一転、おどろおどろしい雰囲気はまるで妖怪だ。
溢れ出る魔力も爆発的に上昇している。私にも匹敵するような魔力量には私も慄くレベル。
「獣は所詮獣ね!! どれだけ取り繕っても本能には抗えない!! 力を求め、貪り、争う獣よ!!」
自分が被害に遭いながら、ベンデは楽しそうにその変化を眺めてる。
笑みすら浮かべている辺り、狂ってしまったかとも思う。
対して私は過去最大の危機を感じ、脳内で警告のアラートが鳴り響いている。
アレは、ヤバい。
「欲に任せて貪り食いなさい!!『エヴァル』ッ!!!!」
ベンデの声と共に放たれた咆哮と熱波は私の肌を焼き、吹き飛ばすには十分すぎる威力で。
「――――っ!!」
私はなす術もなく、合計『8本』の尾を得たパッシオの攻撃で吹き飛ばされた。




