千夜祭
何よりベンデの言う通り、彼女に意識を向けている余裕は私には無かった。
「くっ……!! パッシオ、やめて!!」
ベンデに意識を向けた瞬間、その隙を逃さないと言わんばかりに炎が殺到する。
炎弾を防ぎ、飛び退って障壁を足元に展開。他の炎弾が着弾した際に発生した爆風に乗ることで大きく距離を取り、追撃の炎を纏った尾もやり過ごす。
身を翻しながら着地をするとパチパチとベンデは拍手をしながら笑っていた。
「凄いわね。流石は歴戦の魔法少女。そんな半端な姿でも彼の攻撃をやり過ごし続けるなんて」
まるで曲芸を披露するピエロを見ている観衆のつもりか。私を讃えながらもその目は明らかに私達を見下したそれ。
思ってもいないだろうことを褒められても嬉しいことは何ひとつない。
ましてやショルシエの分身体のベンデに言われても嫌味以外のなにものでもないのだろうから。
「パッシオに何をしたの!?」
「おかしなことを言うのね。私達は何もしてないわ。ただ、彼らが忘れていたものを思い出しただけ。これは私達に元々備わっているものよ」
「……どういうこと?」
大きく距離を稼いだことで、パッシオが得意とする射程圏内からは外れた。
それでも彼は私に狙いを定め、執拗に狙っている。もはや私以外に狙いを定めていないとまで言える。
おかげで一般の人々の大半は横を駆け抜け、あっという間にその姿は周囲には無い。
それでも私個人の危機的状況は変わらない。変身をしようものならその距離を一気に詰められる。恐らく、2人がかりで。
たらりと流れる汗を拭いながら、私は時間稼ぎも含めてパッシオの動向を注視。限られた出力で魔力を出来るだけ練り上げる。
一度に展開出来る障壁に限界がある以上、いつものような使い方は出来ない。
腹を括る私をベンデは相変わらず馬鹿を見るような見下した視線で撫で回す。
「ホント、貴女って半端よねぇ……」
鼻で笑いながら、半端者と罵るベンデの言葉に耳は貸さない。奴らの常套手段だ。
3年前、私の両親についての話をしたショルシエも同じような手段を使って来た。
わざとらしく、偏見に満ちた視点から人の感情を嘲笑うやり方にはもう慣れた。
「人間と妖精の半端者。庶民と王族の半端者。大人と子供の半端者。それに?なに、貴女本当は男だったんですって?何なら半端じゃないの?貴女?」
「挑発のつもり?」
「挑発なんてしてないわ。憐れんであげてるのよ。何もかもが中途半端な貴女を完璧な私達が」
アホくさ。ベンデの主張に対する感想はその4文字で十分だ。レベルが低いとかではなく、的外れだ。
私が色々なところで中途半端な存在なのは認めるけど、それを理由に見下してるのも自分達を完璧と自称する品性の無さにも辟易とする。
この世に完璧なんてあるもんか。あったらショルシエ達のような存在なんてそれこそ生まれていないはずなのだから。
「バカじゃないの?」
「貴女達よりは生物としてよっぽど上等よ。その証拠を見せてあげましょう」
論理の破綻した相手に話をするのは疲れる。自分達を上位存在だと信じてやまない彼女達はどうしてそう傲慢でいられるのか。
今、こうしている間にも私は着実に魔力を練り上げている。それはパッシオも同じ。
そんな彼に不用意に近付く彼女の手に握られているそれの方が私には脅威に映った。
メモリーじゃない。なんだ、アレは。
普通のメモリーでも、ビーストメモリーでもない。そもそも形こそ類似こそしているものの、中に内包されているものは魔力じゃない。
もっと気味の悪い。ドロドロとした悪性のような何か。
それを手にパッシオに近付いたベンデはそれをパッシオの身体に捩じ込もうと腕を振り上げた時。
「ーーぎゃっ?!?!」
その腕はパッシオの紅蓮の炎に焼き焦がされた。




