星の子よ!! 我が名を讃え、呼号せよ!!
スタンに怒鳴られるとは思ってもみなくてびくっと肩を揺らしたスタンは変わらず手綱を操りながら声を大にして言う。
「いつもの君はいつだって自信満々だっただろう!! それがなんだ!! 肝心な時に限ってビビってるなんて君らしくもない!!」
それはそうだ。スタンといる時は難しい事態はそうそうなかった。至って平和で呑気な旅で、私は出来ることを出来るとハッキリ口にしていたし、その逆もそうだ。
スタンの言い分はもっともだ。アレだけ偉ぶっていたのに、肝心な時は役に立たない。
「大切なお姉さんがピンチなんだろ!! それを知ってるのも、どうにか出来るのも君だけだ。そうだろ?!」
「そう、だけど」
「じゃあ君がやるしかないじゃないか。駄々をこねたって変わらない」
私がやるしかない。私がやらなきゃ、誰が出来るのか。
ただそれは私もやったことがないことで。前例なんてあるワケがない。
国境を遥かに超えた先を狙撃するなんて、馬鹿げたことをどうすれば出来るのか。
想像もつかない。想像が出来なきゃ魔法は使えない。
「君がやるんだ。スミア。僕が保証する」
それが、どうした。
「僕が君を信じてる。君が失敗するワケがない。行って来なよ。こっちは僕らがどうにかする」
「−−うん、行ってくる」
あぁ、背中を押してくれる人がいるってことがどれだけ素敵なことなんだろう。
やっとお姉ちゃん達が言ってることがわかった。本当に大事な人の言葉はこうも心に響くもので、不安を一瞬で消し飛ばしてくれるんだ。
「覚悟は決まりましたね? 時間がありません、私が狙撃ポイントまで移動します」
「お願いします」
クラスメイトが恋愛に夢中になるのも今なら分かる。たった一言で私を強くしてくれる人の、その声と期待に応えたいと思うし、そのためになら何だって出来る全能感が私の中に満ち溢れてる。
「リアンシ、少しの間任せます」
「任せるのは立場上僕の方だよ。まったく、早く行くんだ。……頼んだよ」
スタンとリアンシさん。2人に託されて静かに頷いた私は、にっこり笑う紫お姉ちゃんに捕まる。
浮遊魔法で音もなく飛び上がると私達は樹王種の上部へと真っ直ぐ向かって行く。
「良い人に出会いましたね。私とは大違いです」
「嘘ばっかり言うのは良くないと思う。紫お姉ちゃんだって、結局リアンシさんのそばが居心地が良いから一緒にいるくせに」
揶揄う紫お姉ちゃんに反撃をすると、だって面と向かって言うと調子に乗りますからね。
と楽しそうに笑いながら言っている。今まで見たことない表情は、そうだな。千草お姉ちゃんが五代さんと一緒にいる時とか、真白お姉ちゃんがパッシオと2人きりの時とおんなじ感じだ。
何というかむずむずするあの雰囲気。正直、どうして良いかわからないからあんまり得意じゃない。
「墨亜がスタン君と一緒にいる時も同じですよ」
「えっ?!」
「自覚なかったんですね。まぁ、真白さんよりはマシですか」
スタンと一緒にいる時の私も同じような雰囲気と言われて驚くけど、真白お姉ちゃんよりマシと言われて少しホッとする。
あの人ほど、自分の感情に鈍感な人を見たことがないよ、本当に。
「さて、お喋りはここまでです。何度も言いますが、頼みます」
「わかってる。今なら出来るよ」
樹王種の最上部。そのなかでも比較的足場にしやすいような枝へと着地すると、紫お姉ちゃんはリアンシさんのところへとすぐに戻って行く。
民間人の保護は今の紫お姉ちゃんにとって大事な仕事だからね。
私も集中しなきゃだし、問題ない。
「アステラ!!」
【待ちくたびれたぞ!! 時間は何とか間に合っとるがギリギリじゃ。練習してる暇はない。ぶっつけ本番で行くぞ!!】
【31式狙撃銃・改】をライフルバックから取り出し、アステラの名前を呼ぶ。
私1人の力では絶対に届かない。でも、アステラの力を借りればきっと届く。いや、絶対に届く。
そのためには、この力をどうやって使えばいいのか。それを明確に教えてもらう必要があった。
【何、難しいことはない。既に力は託してある。後はお主が望めば良い】
「望むって、具体的にどういうの?」
樹王種も力を貸してくれるらしく、パキパキと音を立てながら、私がより狙撃しやすいようにその巨大な枝葉を動かしてくれている。
ありがとう。3年前もノンちゃんに助けられてたし、私は色んな人に助けてもらってたんだよね。
【理屈っぽい奴め。そうじゃな、では我が名を呼べ。そうすればイメージもしやすかろう】
それに比べてアステラの助言は何というか、アバウトでわかりにくい。
こう、もうちょっと理論立てた話を私はして欲しいんだけど、どうもアステラは感覚派らしくて私とはソリが合わないんだよね。
どっちかというと朱莉お姉ちゃんとか要お姉ちゃん派だ。私としては困る。
「名前って、アステラ?」
【もっと腹の底から出さんかい!! 遊んどる場合じゃないんじゃぞ!!】
「そんなこと言ったって、どう呼べばいいのよ」
肝心なところで揉めてる場合かと言えばその通りで、時間は無い。
こんなことをしてるならささっとちゃんとしたやり方を本人で用意してほしい。
【えぇい!! 音頭をとってやるから思いっきり叫べ!!】
「それでどうにかなるならやってやるわ」
【なる!! ワシを誰だと思っとる】
不敵な笑みを浮かべてるんだろうアステラの顔が浮かぶ。私としてもここまで来て退く気はない。
冗談みたいな方法でもやってやる!!
【行くぞ!! 星の子よ!! 我が名を讃え、呼号せよ!!】
「–−すぅ……。アステラァァァァァッ!!!!」
今まで出したことがないくらい、お腹の底から思いっきり叫び声を上げる。
それと一緒に湧き上がって来た力が、私の身体を駆け巡り、キラキラと星屑みたいに光を放ち、私の眼へと集まる。
3年前のあの時望んだように。あの時出来なかったことを今ここでしてみせる。
何処までも見通すこの眼と、何処までも届く魔法の弾丸を。
私の、『最強の魔法』を!!
「『固有魔法』ァッ!!」
『星見の狙撃鏡』を覗き込んだ先。暴走して暴れ回る8本の尾を真白お姉ちゃんに振りかざすパッシオに照準を合わせた私は。
「『彼方に届く流星の弾丸』!!」
最悪の結末を避けるために、引き金を引いた。




