獣の正体
妖精が『獣』の正体。まだ検証すべきことはありますが、こうして妖精がいきなり凶暴化して襲って来た事がなによりの証明でしょう。
彼女はさっきまでごく普通に仕事をしていた。何度も話したことがあるごく普通の人だった。
「ウウウゥゥッ!!」
「どうして彼女が急に……」
「簡単なことです。『獣』は『王』の配下。指示に従っているだけ、彼女の意思は関係ないのでしょう」
四肢を拘束されても暴れる彼女を見て、私とおおよそ同じ予想を立てていたリアンシでもやはり正確に事態を把握できていないようです。
この辺りは隷属紋を使っていた人間界にいたショルシエのことを知っている私達の方が予想するのが容易いでしょう。
隷属紋とはこの『獣の王』の特性や権能のようなものを再現するためのモノだったのでしょう。
あのショルシエがどういう存在だったのかは私達が全て把握することは難しいですが、どうやら限りなく本人に近くなるように生み出されていたことは本人の発言から何となく察することが出来ます。
オリジナルに近付くためのあのショルシエにとっては必要な技だったのかも知れません。それはそれとして最悪の技術ですが。
「私は真白さんに連絡をするために急ぎます。リアンシは恐らく国中。いえ、下手すれば世界中が混乱の最中にありますから、それを鎮圧してください」
「ショルシエが、動いたということかい?」
「十中八九そうでしょう。墨亜さんが未来視でパッシオさんの手によって致命傷を負う光景を目にしています。急がないと……!!」
取り返しのつかない事態になる。そうなる前にせめて連絡をしなければなりません。
なりふり構っていられらなくなって来た私は魔法で宙に浮き、樹王種に部屋まで直通のルートを作ってもらおうとしますが、樹王種も混乱しているのでしょうか。
上手く通路を作ってくれません。もしかするとあちこちで戦闘が起こってしまっていて、安全なルートを作れないのかも。
樹王種からしたら体の中で暴れられているのと同じでしょうしね。
しかしそれでは困りました。事実上、閉じ込められたのと変わらないと考えたところで、床が波打ち、外に投げ出されます。
樹王種としては出来る最大限の配慮だったのでしょう。大騒ぎするリアンシを空中でキャッチして、周囲の状況を把握します。
「……何が、どうなっているんだ」
「リアンシ……」
「何をした!!ショルシエ!!!!!!!!」
見下ろす城下は火の手に包まれていました。それを見て、リアンシも事態を受け止めることが出来たのでしょう。
ショルシエが、『獣の王』が何をしたのかは眼下に広がる凄惨な光景を見れば嫌でも理解させられます。
千夜祭が始まる直前。人々が楽しそうに準備を進めていた喧騒は、怒号と悲鳴。そして血によって地獄絵図のそれと化した城下町は領主であるリアンシにとって屈辱でもあり、絶対にあってはならないこと。
暴れる妖精とそれを止めるそれ以外の人々。既に多くの命のやり取りがあったことは見るまでもないとまで言っていいほどに血の匂いが辺りに充満していました。
「リアンシ、聞いてください」
「――っ。すまないユカリ。なんだい?」
「恐らく、この状況を打破出来るのは王族だけです。私も部屋に戻れない以上、連絡手段を持っていて同じ王族であるスタン君と行動を共にしている彼女達と合流します」
「王族が?僕らに何が出来るって言うんだい。妖精の王なんて、偽者のそれじゃないか」
不貞腐れている時間なんて無いので今は説明を省きます。出来るかどうかも分かりませんからね。
この状況を打破出来るのは『繋がりの力』だと私は予想しています。『妖精の王』は決して仮初や偽者のそれではないハズです。
だからこそ、真白さんを。いえ、ミルディース王国の王族を最初に狙ったのはそういうことになります。
予想ばかりでエビデンスもクソもありませんけど、今はそうやって対応するしかありません。そのために鍛えた思考ですから。




