獣の正体
「うーん……」
墨亜ちゃんやみんなと別れてから小一時間くらい経ったでしょうか?
もしかすると5時間くらい経ってしまっているかも知れませんね。本に囲まれているとどうにも時間感覚というのは狂いがちになってしまいます。
窓もなく、時計もないこの書庫では外の景色を見て時間を把握することも難しいですし。
「お、いたいた。早速唸ってどうしたんだい、ユカリ」
「いえ、資料を漁っていたら幾つか気になることがあったので」
一度考えをまとめるためにも外の空気を吸おうかと考えていると本棚の陰からリアンシがひょっこりと顔を出して来ました。
私のことを追いかけ回していないで仕事をしろと言いたいところですが、これでいて自分の仕事は手早く済ませてしまうので恐らくはやることはやって来たのでしょう。
スタン君知り合いだと言う学者の方々への連絡と召集。時間はかかりますが確実な手段です。
中には召集に応じない方もいるでしょうが、何人かが来てくれれば十分でしょう。
元々学者先生というのは偏屈な方が多いですしね。自分の研究だけを出来るのならしていたいはずです。
「気になることって……、本自体はごく普通の史料だと思うけどね」
「それは間違いないのですけれど、ほんのちょっとだけ疑問というか違和感があるんです」
「ふぅん?僕はそれを読んでも特に何も感じなかったけどなぁ。教えてもらってもいい?」
私は個人的に先行して『獣』とはなんなのか?という疑問を解決するために公国の書庫へと足を運んでいました。
まずは書庫の管理者に該当しそうな資料の数々を見繕っていただきました。
早速何冊か、特に良さそうな資料へと目を通したのですが、それら全てに1つの共通した違和感を感じた私はそれに首を捻っていたのです。
「『獣』とは関係ないと思うのですが……」
「良いから良いから。そういうのが大事だったりするからさ」
それは確かにそうです。私1人で考え込んでも結論は出なさそうですし、まずはリアンシに感じた違和感を話してみることにしましょう。
近くの席に座り、私が目を通した資料のその違和感を感じたページを開いて行きます。
「これって、古代の戦争のとこ?随分古いところから読んでいたんだね」
「全容を把握するのは基本です。それでですけど、ここを」
私が指を差したのは古代にあったという民族間戦争。まだ『獣の王』が現れる前、生まれたばかりの妖精界が騒乱の渦に包まれていた頃の時代の記述です。
主に魔人と総称される人型の種族同士の争いが絶えなかったという文言と共にそこにはその争いに参加していたとされる種族が記されています。
エルフ、鳥人、魔族、魚人、リザードマン、ドワーフ、人狼、トロール、オーガ、吸血鬼、猫人などなど。
かなりの数が記載されています。その殆どは今では魔族や獣人などと割と大雑把な括りで分けられているものが、かつてはかなり細かい人種として分かれていたことが分かります。
「何かおかしいと思いませんか?」
「おかしい?いたって普通だと思うけどね。皆現存する種族だし、今は多少のいざこざは残ってるけど割と仲良くやってるよ?」
私はそこにまず疑問を感じたのですが、リアンシは特に感じないようです。
恐らくはあまりにも当たり前過ぎて疑問にすら感じないのでしょう。
ありふれ過ぎたものというのはついつい見落としがちになるものです。
「妖精の記載が1つも無いんです。どの資料を見てもです。どの資料に目を通しても、多少は省略された種族はあっても妖精の記載だけはどれも無いんです」
「……つまり?」
「ここは妖精界ですよ?この世界の覇権を獲ったのは妖精。だからこの世界は妖精界と言い、妖精界の王は妖精であるというのは当然の結論です」
人間界の代表を敢えて言うならアメリカのように、その世界の代表とはその世界の勝者。最も力を持ち、勢力を広げたモノだ。
ましてや妖精界は妖精が統治している。三大国と呼ばれる3つの国は全て妖精。
それであると言うのに、その前哨戦である古代の民族間戦争に妖精の文字は1つもない。
「この時はまだ数が少なかったんじゃない?」
「私も最初はそう考えましましたが、そうすると辻褄が合わないんです。民族間戦争でも出て来なければ、『獣の王』との戦いで同盟を結んだ種族の一覧にも記載がありません」
『獣の王』に打ち勝ち、そこから建国に至ったのが三大国であるはず。
それなのに、その『獣の王』との戦いに加わったという記述が無いのはどういうことなのか。
今ある歴史と、この資料に書いてあることは矛盾しています。
この資料に記載されていることが曖昧であやふやなのか、あるいは嘘の記述をしているのだと考えても、その意図が分かりません。
そうするのならむしろ逆。妖精をこれでもかと持ち上げた話があちこちに出て来るはずです。
この世界の王は妖精なのですから。




