到着、スフィア公国
パッシオが真白お姉ちゃんを攻撃する。しかも、私が見た光景はただの攻撃じゃなく、致命傷になるもの。
誰よりも信頼している人の尾に貫かれて、驚きと困惑と悲しそうな表情をしながら、ぐったりと倒れ、血塗れになっていく真白お姉ちゃんの姿を確かに私は見た。
「……それは、間違いないことですか?」
「私が最初に見た未来の出来事だよ。なんでそんな事になっちゃったのかまでは全然わからないけど、間違いなくパッシオが真白お姉ちゃんを殺すところだと思う」
「……」
ふらふらと、紫お姉ちゃんが近くのソファーに腰を落とす。あまりの衝撃的な内容に、紫お姉ちゃんでさえ受け止めるのに時間がかかるみたいだ。
私だって、まだ信じてない。あのパッシオが真白お姉ちゃんにそんなことをするハズがない。
これは絶対だ。2人を知っている人なら誰もが自信を持って答える。
そんなの絶対にあり得ない。あり得ないけど、私が手にした未来を見る力にはそれが映った。
これも事実で、どうすればいいか私はまだわからない。
「パッシオさんが、裏切ると?」
「私から何にも言えない。ただ、真白お姉ちゃんは驚いてたと思う。きっと突然起きた出来事なんじゃないかな」
「……」
裏切りだとしたら、真白お姉ちゃんは驚きとか困惑よりも、怒ってるはずだ。
きっと誰よりも怒る。絶対にパッシオを許さない人になる。
そんなことにもなってほしくはないけど、私は脳裏に焼き付いて離れないあの光景を出来るだけ正確に説明するように努力した。
「1番考えられるのは隷属紋か、ビーストメモリーでしょう。特にビーストメモリーは私たちも対策が出来ていませんからね」
「ビーストメモリー自体が隷属紋の発展系な感じはする」
「恐らくそうでしょう。こっちの世界に来て、ショルシエが隷属紋を多用している様子はあまりありません。ドラゴンに使おうとしたようですが、そちらは失敗に終わっていますし」
私達が散々苦しめられた隷属紋は3年間の間に徹底的に対策している。
一度くらいの隷属紋ならレジスト出来るように対抗術式を付与したお札を必ず持っているんだよね。
1人での行動を避けるのも隷属紋対策の一つだ。隷属紋は1人1人にかけなきゃいけないデメリットがある。
思考能力も奪うから、受けた直後は何も出来なくなるし、その場で使えば良いってわけじゃない。
だからパッシオのそれは隷属紋じゃないと思う。隷属紋なら真白お姉ちゃんがすぐに解除してるハズだし、パッシオならレジスト出来るハズ。
「姿形は変わっていましたか?」
「全身を見たわけじゃないけど……。特に変化は無かったかな。少なくとも尻尾には変化はないよ」
「だとすれば、ビーストメモリーの線も薄いですね……」
ビーストメモリーは姿形を大きく変えるらしい。ビーストメモリーが冠する怪物の名前に近い姿にされてしまうんだとか。
強制的に怪物に書き換えて、その能力と特性を付与する。的な物っぽい。
そう考えるなら、パッシオの姿は全身が見えなかったけれど特に変わっている様子は見えなかったしビーストメモリーではなさそうだ。
「……本当にパッシオが裏切ると思う?」
「無いですね。あのパッシオさんですよ?『獣の力』関連で何かあるのでしょう。その辺りも調べてみます」
「お願いします」
調べ物とか考察とかは紫お姉ちゃんの方がひっくり返ったって上だ。
だからこの件は紫お姉ちゃんに任せようと思う。
「……未来なんか見えたって、どうにもならないのにね。どうやって使えばいいのか、わかんないです」
どんなに未来視が凄い能力でも、私じゃそれを活かし切れる気がしない。
未来を知ったところでそれがどうにもならなかったり、物理的に遠かったりしたら何も出来ないのは変わらない。
スタンもたくさんある未来の1つに過ぎないとは言ってくれたけど、やっぱりあの光景を見せつけられた衝撃と動揺は私の中でずっと燻ったままだった。
「先がわかれば対策を立てられます。流石に内容が内容ですから、内密にとはなりますけど、私にこうして伝えてくれたことで変わる未来はあるハズです」
「でも……」
「私達はっ、3年前だって無謀な事に挑んで、限りなく最良の結果を引きずり出しました。あの時と何も変わりません」
不安に駆られる私に紫お姉ちゃんは優しく、でも厳しく言葉をかけてくれる。
いつだって、私のお姉ちゃん達は私の前を行く。迷う私の手を引いてくれる。
先頭を行くお姉ちゃん達が1番不安なはずなのに、どうしてそうやって優しく出来るんだろうか。
やっぱり、強いからなのかな。身体も、魔法も、心もお姉ちゃん達は強い。
「今度も手繰り寄せますよ。墨亜ちゃんの力はそのキッカケをくれるものです。絶対に意味があるし価値があります。今は真白さんのそばに行って、その事態を回避することを考えてください」
「……うん。わかった」
私の力は最良の結果を見つけ出すための道標。
そっか、そう考えれば良いんだ。そう考えられたら少し肩の力が抜けた気がする。
「まずはスタン君と次の出発のタイミングを考えておいてください。『千夜祭』中は流石に移動は難しいですよ」
「この人混みだもんね」
樹王種から見下ろす城下町は『千夜祭』を前にして喧騒も最高潮一歩手前だ。
人混みの中で魔車を動かすのは大変だし、物資を揃えるお店はお祭りの準備のための品ばかり。
旅を再開するには確かに向いていなかった。




