到着、スフィア公国
「良いんですか?」
「良いんだよ。嫌われる理由に心当たりが多過ぎる。全員に受け入れらるような立場に無いのさ、俺はな」
自嘲するように薄い笑みを浮かべてそんなことを言うマヒロさんの表情を僕は何処かで見たことがあるような気がする。
スミアがヘソを曲げて、停めてある魔車の屋根の上に座り込んでしまったのを見ながら僕はそんなことを思っていた。
「そんなにですか?僕からすればそこまで嫌われることをしているようにはとても見えませんが……。一つ違いとは言え、兄は兄ですし、そこまで言う事が酷いとも感じません。まぁ、その、意地悪さはあると思いますが」
「何も知らないならそう見えるかも知れないな。妖精と人間じゃあ兄弟の観念も微妙に違うだろうしな」
「はぁ……」
スミアにああも酷く言われて、強く言い返すでもなく適当に流してしまうマヒロさんの大人の対応というものに僕は正直感心というか、尊敬のようなものを感じていた。
例えば、幼馴染で僕の従者。『カーセル』の街で僕の別荘の1つを管理してくれているピケと同じようなやり取りをした場合、僕らは間違いなく口汚く罵り合って大喧嘩に発展してしまうだろう。
スミアのしたことはそのくらい過激なことだ。紛いなりにも家族に銃口を向けてしまう。日頃は冷静なスミアがまるで瞬間的に沸き上がった熱湯のような勢いで行ったそれは僕にとって衝撃的な光景で。
それを軽くあしらうマヒロさんの戦闘能力的な技量と、精神的な器量を見せつけられた。僕としてはさっきの2人のやり取りのやりとりはそういうものだった。
「スミアからすれば俺は異物だからな。家族として受け入れられてはいないんだろう」
「兄弟なのでしょう?」
「便宜上はな。実際は血の1つも繋がっていない。それどころか、出会ったのはここ数年の話だ。しかも敵として出会っている」
「敵?!」
「あぁ、細かい話は長くなるから省略するが、3年前まで俺は魔法少女と敵対する側についていた。愚かな話だがな」
信じられない。マヒロさんが元々スミア達と敵対するようなところに所属し、彼女達魔法少女と争っていたと言うのだから。
何をどうすればその関係からスミアの兄妹となったのか。スミアの兄妹ということはあのマシロ姫とも姉弟関係にあるという事になる。
複雑な事情がある事は想像する必要もないほどに明朗だ。恐らく、奇跡のような、絵空事の物語のような事象を経て、彼は今この場にいる。
「元敵が兄として自分の上にいて、あまつさえ尊敬する姉である真白と血の繋がった弟ってことにもなってるからな。墨亜としてはこれ以上に面白くない事もないだろ」
「ちょっと待ってください。頭がこんがらがりそうです」
「良いぞ。俺だって何がどうなってこんなことになっているのか、3年経った今でも信じられないくらいだからな」
頭を抱える僕を見て、マヒロさんはクツクツと笑いながら頭の中を必死に整理する時間をくれる。
僕が何とかしてスミア達の事情を飲み込もうとしている間に、マヒロさんは持って来ている荷物の中から色々と道具を取り出すと、焚火の上で何やら色々と準備を始めた。
人間界の道具だ。水を火にかけ、温め始めているその様子は相当に手慣れていて、僕よりもずっと野営の経験を積んでいることが伺える。
多分、スミアよりもそういった経験は積んでいるように見える。それくらい洗練された手際で何かの準備を進めているマヒロさんが何をするつもりなのか。
いつの間にか僕はそちらの方に集中してしまい、独特の匂いのする何かを削ったり、カップや何か紙、フィルターのような物を容器に入れている様子をジッと見つめていた。
「飲むか?人間界の飲み物でコーヒーと言うものだ」
「すみません、いただきます。良い香りですね。とても複雑で味は……、かなり苦みが強いですが独特なコクと酸味とほのかな甘みを感じます。とても美味しいです」
「良い趣味をしているな。初めから砂糖無しのブラックを美味いと言えるヤツはそういない」
手渡されたカップには黒々とした液体が注がれ、嗅いだことがない香りを放っていた。臆せず飲んでみると、とても美味しい。
僕が普段飲んでいるお茶にも似た風味を感じるけど、より複雑で大人な雰囲気だ。普段飲んでいるものも勿論美味しいし、優劣をつけるわけでは無いけれど、僕らの世界の趣向品よりもやはり人間界のそれは更に洗練されているように思う。
その香りと味を楽しみながら、僕らはしばしの間静寂の中を楽しむ。パチパチと焚き木の弾ける音と夜の静寂、そしてこのコーヒーという飲み物は頭の中を整理させることに大きな一助となっていた。




