到着、スフィア公国
「新婚旅行かい。良いねえ、羨ましいよ」
スフィア公国での入国審査は思っているよりずっと緩やかな雰囲気だった。
税関を含めた入国審査というのは私の印象では非常にお堅く、マニュアル通りの手順を忠実に。
ひとつでも怪しいことがあれば目を光らせているような眼光の鋭い人達がやっている仕事だ。
少なくともフレンドリーである人はあまりいない。極めてマニュアルを忠実に熟すことこそが国境を守るという重要な職務に就く人達の傾向だと私は思っていた。
「まだ婚約段階ですよ。結婚は国に帰ってからです」
「いやいや、それで世界一周旅行なんてそう簡単なものじゃないでしょ? もう決まってることだから出来ることじゃないか。奥さんも美人さんだし、おじさん羨ましくて仕方ないよ」
「あははは、ありがとうございます」
でもスフィア公国の入国審査は緩い雰囲気だった。いや、職務はかなり手際良く、何人もの人員を使って荷物や魔車を調べられているし、私達の旅の目的や身分証明書などの必要な物の数も今までとは段違いだ。
ただ、担当しているこのおじ様の雰囲気は非常にフレンドリーというかのんびりとしている。
手際は良いのだ。だからこそ話している内容が呑気過ぎてギャップが凄い。
「これは奥さんのモノらしいけど、どういう代物かな?私達は見た事が無い物でね」
「狩猟用の道具です」
「ふぅむ……。それにしては随分と複雑な作りだね」
そんなのんびりな雰囲気を放つおじ様でも、やはり仕事は一流だ。
『31式狙撃銃』をはじめとした、私の装備品をチェックしながらあまり良い顔はしていない。
まぁ、こっちの人達からしたら狩猟に使うような道具はもっと簡素だし、殆どの場合は魔法を使う。
銃のような精巧かつ重厚な物は妖精界には存在しないだろうし、怪しむのは当然だ。
「どうやって使うんだい?」
「魔力を込めてここを引くんです。あ、危ないので触らないでいただけると。暴発してしまうので」
「随分と便利な道具だね。何処で手に入れたのかは言える?」
「故郷で、上司から支給されたものです。一点モノで同一の道具は存在しません」
アレコレと質問をされ、私は努めて淡々と答える。変に焦るともっと怪しまれるし、堂々としているのが大事だ。
少なくとも私はスフィア公国に害意を持って入ろうとしているわけではないし。
嘘も基本的には言ってない。ところどころぼやかしながら言っているだけだ。
まぁ、だからこそ怪しまれる感もあるけど人間界の話をしたってここまでその話が来ているとは思わないし……。
「一応聞くけど、ニンゲンって知ってる?」
「っと、突然来ますね。私のことですよ」
「そっか。じゃあなら良いよ。手間をかけてごめんね」
と考えていたらいきなり人間という単語を放り込まれて少し慌てて答える。
そんな急にこっちの人しか知らない単語を言ってくるなんて思ってもいなかったから冷静になんて言っておきながら慌ててしまった。
なんとか答えた私におじ様はニコリと笑いかけると『31式狙撃銃』などの私の装備品を元通りに素早く片付けて手渡してくれた。
「では良い旅を」
「ありがとうございます」
「夫婦水入らずでスフィアの千夜祭を楽しんでねー」
通行手形を受け取り、私達は無事スフィア公国への入国を認められた。
ホント、お姉ちゃん達は抜かりがないと言うか、用意周到だよね。
私が何処からどう向かっているかなんて話はまだ伝えていないハズなんだけど。
「ふぅ、何とか通れたね」
「うん。次の目的地も決まったし、良かったよ」
「ん?どういうこと?」
魔車を走らせてホッと一息つくスタンを他所に私はすぐに装備品をしまっているケースを広げて、中を漁る。
手際良く入れてくれていたから本当に優秀な人だよね。多分、そういう人選の仕方もお姉ちゃん達らしいと思う。
「これでようやく、皆と話が出来る」
「それって……、確かスマホ、だっけ?」
中を漁ると目的の物はすぐに見つかった。
スタンの言う通り、それはごく一般的な新品のスマホ。私達人間界で最も流通している情報端末が紛れ込むようにして私の荷物に放り込まれていた。




